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「もったいないと言えば……この美しい感情を彼が知らないというのも実にもったいないですよねぇ」
怪盗は独り言のように呟くと、「失礼」もう一度彼女の涙をすくった。先ほどと同じように小瓶に入れて、月明かりに照らしながらトントンと叩く。眩い光を放つと、コロン、と小さな石が小瓶の中に現れた。まるでマジックでも見せられているような気分だ。感情を宝石に変える力というのはどうやら本当らしい。
「おお、この神秘的な輝き……やはり貴方の密色色は美しい! なるほどなるほど。だいぶ覚悟が決まったようですね。先ほどのモノより少し深みが増したでしょうか? ああ、日本の伝統色は実に繊細で奥が深い! こちらも是非とも私のコレクションに加えたいところですが……」
怪盗はわざとらしく間を空けてから言った。
「これは貴方に差し上げます」
「えっ?」
「せっかくですから明日、彼にこれを渡したらどうでしょう?」
「これを彼に渡すの? どうして?」
「貴方の気持ちが近くにあれば、間違いなく彼の力になるからですよ」
「……そうかしら?」
「もちろんです。だって、彼も貴方のことをとても大切に思っていますからね。私には分かるのです」
「……ありがとう」
ふわりと笑った彼女の手に、宝石の入ったガラス瓶をそっと握らせる。
「では、私はそろそろ退散するとしましょうか」
「……もう行くの?」
「ええ。しかし、最後に一つだけ」
言った瞬間、怪盗は彼女の前に跪く。素早くその華奢な手を取ると、柔らかい甲に軽く口付けを落とした。
「明日泣かないように、私からのおまじないです。効果は抜群ですよ」
驚いて目を丸くする彼女に向かってニヤリと笑みを浮かべる。
「それでは美しきお嬢さん。貴方の心、確かに頂きました。明日の健闘を祈って。アデュー!」
怪盗は声高々と告げる。長いマントをバサリと翻すと、闇夜に溶けるように姿を消した。
残された彼女は夜空を見上げ、貰ったガラス瓶をぎゅっと握る。……どうしてだろう。不思議と心が温かくなった気がした。
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