怪盗は月明かりに輝く

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 *  暗闇にコツコツと足音が鳴り響く。  その足音の主を待ち構えていたように、暗い路地裏から一匹の黒猫が姿を現した。 「あら、おかえりなさい」  黒猫は銀色の髪を靡かせた全身黒ずくめの男に向かって話しかける。その言葉はニャアという猫の鳴き声ではなく、ちゃんとした人間の言葉だった。 「ただいま。君が迎えに来てくれるなんて珍しいねぇ」 「別に迎えに来たわけじゃないわ。たまたま通りかかっただけよ」 「おや、それは残念」 「……アナタ、今日も心なんてくだらないものを集めてきたの?」  呆れたような不機嫌顔で黒猫は問いかける。 「くだらなくなんてないさ。ほら、これを見てごらん。今日の心もとても綺麗だろう?」 「……他人(ヒト)感情(こころ)を集めるなんてワタシには到底理解できないわ」 「そうかな? 心ほど美しいものはないと思うけど」 「ホント、悪趣味ね」  全身黒ずくめの男──怪盗ハーツは辛辣な言葉に苦笑いをこぼした。 「しょうがないだろう? 私にはのだから」  怪盗ハーツには感情がない。彼には、生まれた時から人間の持つ喜怒哀楽という感情が備わっていなかったのだ。まるでロボットのような人間。もちろん、涙を流したことだって一度もない。彼の浮かべる表情は、すべて作り物の紛い物だ。他人から偽りの表情。しかし、自分の気持ちも他人の気持ちも分からない彼がこの世界で生きていく上では、嘘でも表情を作ることは非常に大事なことだったのである。 「愛、恋、悲しみ、苦痛、幸せ、喜び、嬉しさ、痛み、怒り、悔い。どれも私にはない感情で、どれもとても美しい。羨ましい限りです」 「ないものねだりも大概にしなさいよ、この変態」 「……手厳しいなぁ」  怪盗は盗んだばかりの宝石を目の前に掲げる。 「周りに何と言われようとね、私はこれからも心の宝石を集め続けるよ。そうすれば、私も少しは感情というものが理解出来るかもしれないだろう?」 「……そう」  黒猫は一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに元の不機嫌顔に戻った。 「せいぜいセクハラで訴えられないように気を付ければ? 手の甲とはいえ、キスなんてやりすぎよ」 「おやおやヤキモチですか?」 「は、はぁ!? そんなわけないでしょバカじゃないの!? ほら、さっさと行くわよ!」  黒猫はツンとそっぽを向いて歩き出す。 「ふふっ、君は本当に素直じゃありませんねぇ」 「……何か言ったかしら?」 「いえ、何も?」  暗闇にコツコツと足音が鳴り響く。 「さて。次の感情(こころ)は一体どんな色なのでしょうかねぇ?」  呟きと同時に、一人の男と一匹の黒猫は夜の闇へと静かに消えていった。 fin.
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