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ソファーに座っているだけだが、別に暇な訳じゃない。
洗濯終了のブザーは10分以上前に聞いたし、電気ケトルもとっくにお湯を沸かし終わっている筈だ。
更には電子レンジにはレトルトのパスタが食べられるのを待っている。
全てが中途半端、何も手につかない。
いや、手につかない訳ではない。
さっきから右手はせっせと動いている。
この右手の動きを止めてソファーから立ち上がれば、止まっている時間が動き出す筈だ。
だが。
「にゃーん」
右手の動きを止めると、咎めるような鳴き声が右手を置いている白い毛玉から発せられた。
「はいはい」
また右手を上下に動かす、すると満足げな声が聞こえた。それは先程と違い随分と甘えた鳴き声だ。
「にゃーん」
「はいはい、タマコ」
滋の膝の上には白い猫、タマコがずっと居座っている。前後の足を体の下に入れた、所謂香箱座りというやつで。
レンジに冷凍パスタを入れ、インスタントコーヒーを飲もうと湯を沸かし始めた途中でソファーに座ったのがいけなかったのだろうか。
肌寒くなってきた10月中旬、夏場は膝に乗せたって直ぐに降りてしまったというのに、最近は乗せなくても自ら乗ってくるようになった。寒いからだ。
ベランダに面したガラス戸の側のソファーには秋の柔らかい陽射しが注ぎ、陽向ぼっこをするには最適な場所だ。
タマコが乗っている膝の辺りは心地よい温かさだ、きっとタマコも同じなんだろう。退かそうとすると抗議するような声で鳴くので退かしずらい。
「タマコ」
「みゃあ~ぁ……」
頭から背中、背中から尻尾の付け根を丁寧に撫でられ眠くなってきたのか、タマコが大きく口を開け欠伸をした。
「タマコ」
琥珀色の瞳は良く見ると黄緑色も混じり、その大きな眼は吸い込まれそうに美しい。目が大きく見えるのは小顔のせいもあるだろう。
全身白い毛で覆われた体は冬毛に移りつつあり、顎の下あたりの毛がモフモフと増量し触るのが楽しい。
定期的に洗っている訳ではないが、汚れのない白い毛の触り心地は高級な生地のようにすべやかだ。
今は隠れている肉球はいつまでもふにふにと触っていたくなる柔らかさ。その色は珊瑚のようなピンク色で、右後ろ足だけ黒のぶち模様が入っている。
正に美猫。うちのタマコ世界一可愛い。
きっと猫飼いなら自分の愛猫が世界で一番可愛いだろう。しかし猫好きなので、他の家の猫も世界で二番目位には可愛いと思えるのだが。
兎に角猫は可愛い。
だが、今の状況からは脱したい。
それなのに撫でる手を止める事が出来ない。
「なぁ、おい、そろそろ……」
指の腹で愛らしい丸い頭を撫でれば、タマコが滋の顔を見上げるように顔を動かした。
「みゃう」
猫が目を細め飼い主を見るのは親愛の証らしい。
タマコは直ぐに顔を戻し、今度は本格的に寝るのか体を丸めてしまった。
「にゃー」
「……はいはい……」
ゆっくりと上下している白い毛玉を優しく撫でる。
次はシーツも洗いたかったのに、仕方ない。
ぽかぽか陽気は洗濯物日和でもあるが、猫の昼寝日和でもあるようだ。
パスタもお湯も温め直せばいい、明日も晴れるようだから洗濯物は明日でもいいか。
「まったく、時間泥棒め」
苦笑しながらも、その手が止まる事はなかった。
完
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