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「総務部の櫻井さんが結婚するんです」
「それは……」
陽子先輩が言い淀む。
私と達也の関係を知っているのは社内では陽子先輩だけだ。
『聞かれてもないのに、進んで会社の人達に公言する必要はないじゃん』達也にそう言われて、私はその通りにした。
彼の事が好きだったから、彼の意向に従うのが当然だと思った。
今なら分かる。
達也のあの言葉は、『二股』がバレない様にする為の予防線だったのだろう。
これ以上、陽子先輩に気遣ってもらうのは申し訳なくて私はあえて明るい声を絞り出す。
「陽子先輩も、私も、櫻井さんの結婚の話聞いたよ。寿退社だってね。櫻井さん、周りからの評判いいから辞めちゃうのはもったいないよね」
「相手は営業部の飯干さんって事も、知ってます?」
「うん。それも昨日総務部の人達が話してるの聞いたよ」
陽子先輩が少し、困った様子で頷く。
心にもない私の空回った言葉の本意が先輩には分かったんだと思う。
「結婚するから、寿退社する訳じゃないみたいですよ。彼女」
「え?」
私と陽子先輩は顔を見合わせる。
「それって、どういう事?」
東さんは、口元に右手を添えて声のボリュームを更に絞った。
「妊娠しているらしいですよ、櫻井さん。今2か月らしいです」
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