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「今日、疲れたやろ。気持ちが落ち込んでる時に深酒するのは身体に毒やから、もうこれはお預け」
テーブルに置いていた缶チューハイを森宮さんがさりげなく遠ざける。
実際私も、もう飲む気などしなかった。
ただ、森宮さんの声が心地よくて、わがままだけれどもう少しそばにいて欲しかった。
「もう少ししたらシャワーを浴びて、今夜はもうよぅく休み。飲んだすぐは危ないからー……」
反射的に彼の手を握ると、森宮さんが「どないしたの?」と視線を合わせてくれる。
瞬間、らしくない事を口走った。
「森宮さん、帰らないで」
「……」
「行かないで。行っちゃ嫌」
森宮さんが少しだけ面食らった表情をした気がする。
自然と腕を、彼の首に回してしまう。
広い背中にかすかな緊張が走ったのが分かった。
男の人にこういう事を自然と出来る女の子を軽蔑していた。
それなのに今、私は私が世の中で最も苦手な女になっている。
「あかんよ、澄ちゃん。アルコール、まわってきた?」
森宮さんがチャンスをくれた。
私の行動を、お酒のせいにしてなかった事にするチャンスを。
そして、私はそれを使いたくなかった。
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