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全く思い出せなかったことに、少なからず落ち込んでいると、キョウがコーヒーを注ぎ足してくれる。
「仕方がないよ。ナオはオレを見ていなかったから」
その言葉に僕はキョウを見る。
「キョウは僕を見てたの?」
大勢いる生徒の中の一人の僕を?
「見てたよ。この窓からね」
そう言ってキョウが見た窓を僕も見る。そこから見えるのは桜の木。桜が咲いている時にこの桜の木の下で告白するとその思いは叶うと言われ、毎年その季節は告白をする生徒たちが後を絶たなかった。だけどそれ以外の季節は、ほとんど誰も訪れない。
「ナオはいつも、一人であそこに座っていた」
その桜から少し離れたところにあるベンチに、在学中の僕はいつも座っていた。真吾さんへの思いに悩み、その辛さは人との関わりを煩わしく思わせた。本当だったら誰かと話して気を紛らわせればいいのだろうけど、真吾さんに囚われた心は他人との会話ですら億劫にさせた。だから、僕は一人ここに座って本を読んでいたんだ。少しでも現実を忘れられるように。だけど大抵はそれも失敗に終わって、ここで苦しみながら休み時間の終わりを待っていたんだ。
「月に一度この学校に来る度に、ナオのことを見ていたよ。何に悩んでいるんだろう。何に苦しんでいるんだろうって。オレに相談に来ればいいのに・・・そう思って待ってたけど、ナオは来なかったね」
カウンセラーの存在は知っていたけど、それを相談しようとは思わなかった。ただ単に発情期が来ないことだけだったら相談しに行ったかもしれないけど、僕の場合はそれだけじゃなかった。四六時中特定のアルファのことが頭から離れず、その香りを思い出しただけで身体が欲情してしまうなんて、いくら僕でも他人に打ち明けるなんてできなかったんだ。
だけど・・・。
「あの時相談してたら、きっとみんな苦しまなかったね」
姉も真吾さんも苦しまずに済んだかもしれない。
「だとしても、あの時ナオが来なかったから、オレは今こうしてナオのそばにいられるんだ」
そう言って、キョウが優しく僕の頬を撫でてくれる。
「たとえみんなが苦しんだとしても、オレは今こうしてナオのそばにいられて良かったと思うよ。自分勝手だと思うけど、オレは元々いい人じゃないからね」
最後はそう茶化すけど、キョウからは真剣な思いが伝わってくる。
「僕もキョウのそばがいい」
もしもあのとき、キョウに相談していたら、未来は変わっていたかもしれない。僕のうなじは真吾さんが噛み、真吾さんと番になった未来だ。
だけど、そんな未来は嫌だ。
僕は立ち上がってキョウのそばに行った。
「ぎゅっとして」
僕がキョウにしがみつきながらそういうと、キョウが望み通り強く抱きしめてくれる。
大好き。
心の中で呟いたら、キョウは声に出してくれた。
「愛してる」
だから僕も声に出す。
「僕も愛してる」
そうして僕達は、お昼休みが終わるまでそうしてくっついていた。
キョウがずっと、僕のことを見ていてくれたなんて知らなかった。
あの頃は本当に辛くて誰にも言えなくて、ただひたすら時が過ぎるのを待っていた。
いつか忘れることが出来る。
そう思ってひたすら堪えていたんだ。
運命の番だなんて知らなかったから、きっとこの思いにも終わりが来ると信じていた。
そんな僕を、見ていてくれた人がいた。
キョウが僕のことを知っていたのは、この学校のバースカウンセラーだったからだ。
アルファとオメガに限って、職員は生徒の第二性を知らされている。それはもしもオメガが突発的に発情してしまった時に、適切に対応できるようにしなければならないからだ。それにこの二性はトラブルも起きやすい。そのため、常に職員はこの二性の生徒に気を配っているのだ。
それもあってキョウはオメガである僕の情報を知っていたのだろうけど・・・。
実家の住所は分かったとしても、僕の引越し先までなんで知ってたんだろう?
それを訊いたら・・・。
「ああ、それは・・・」
と横を向いて黙ってしまった。
??
「なんで分かったの?」
あれ?
訊いちゃだめな話?
じーっとそのまま見つめていたら、キョウがボソッと呟いた。
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