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結婚式になど行かなければよかった。
今まで会わなかったのだ。
たとえ弟だとしても、そのまま行かずに会わなければよかった。
だけど会ってしまった。
そして心を囚われた。
いくら後悔しても、もう僕の心は元には戻せない。
あの人に染まった心はあの人を思い、あの人を求める。だけどそれを行動に起こしてはだめだ。周りに知られてもいけない。
誰にも知られずに、思いを消さなければならない。
なのに・・・。
そんなこと出来ない。
苦しくて、苦しくて・・・。
だけど誰にも話せない。悟られてもいけない。
僕は何事もないような顔をして、何事もないように生きていかなくてはいけない。
幸い姉夫婦は日本にはいない。
ひょっこり帰ってくることもないし、盆暮れ正月も、ビデオ通話で顔を見せるだけだった。だけどそれすらも僕は理由をつけて姉たちと話すことはなかった。
顔を見るどころか、声も聞きたくない。
顔を見ただけでも僕の心は彼一色に染まってしまったのに、その上声など聞いてしまったら、もうきっと、彼の声が耳から離れなくなるだろう。だから聞きたくない。聞いてはいけない。
そう思って彼を避け続け、そして自分の思いを隠し通した。
だけど心は苦しくて、辛くて悲しかった。
忙しい両親はあまり家におらず、一人で家にいることが多かった。そんなこと、今まで普通でなんてこと無かったのに、あの人を知ってからはそれが辛くて苦しい時間になった。
誰もいない空間にいると、僕の頭はあの人でいっぱいになる。
あの時、たった数分・・・いや、数十秒あの人を見ただけだと言うのに僕の脳裏に焼き付いて消えなくなってしまった。
あの人のことを何も知らない。
姉の夫になったとしか知らない僕は、あの人の歳も仕事も知らなかった。
唯一知っているのは名前だけ。
服部真吾さん。
歳は姉よりも上らしい。
僕が知ってるのはそれだけ。
なのに頭から離れないその人のことを、僕は考えずにはいられなかった。
自分でも思う。
なんでそんなに好きなのか。
話したこともないその人のなにがそんなに僕を惹き付けるのか。
顔と名前以外分からず、どんな声かも知らない。性格なんて知るはずもなく、何が趣味かも分からない。
彼は姉の夫だ。
だから彼は姉を愛している。
そして当然、夜は姉と肌を重ねる。
分かっているのに、あの人・・・真吾さんのことを思うと身体が熱くなる。
あの日初めて彼を見てから、僕の身体はおかしい。
性欲など全くなかったのに、真吾さんを思うだけで身体は熱くなり、慰めないではいられなくなる。
僕がオメガだから?
でもオメガは決して他の性より性欲が強い訳では無い。ただ発情期があるためにそう思われているだけで、普段はそんなことは無い。
なら僕のこの身体はどうしてなのか。
なぜこんなにも、真吾さんのことを考えると身体は熱くなってしまうのだろう。
こんなのはおかしい。
そう思っても、僕は自分を慰めずにはいられなかった。
それが苦しくて、辛くて、惨めだった。
僕の一方的な思い。
相手は姉の夫で話したことも無く、おそらく僕のことなど気にも止めていないだろう。存在すら認識されていないかもしれない。
なのに僕は、彼を思わずにはいられない。
夜は特に酷かった。
ベッドに入って目を閉じると、真吾さんのことを考えてしまう。すると身体が熱くなり、散ることの無い熱に眠れなくなる。そして自らを慰めてしまっては深い罪悪感に駆られるのだ。
親がいる時はまだ自制が出来ても、一人の夜は歯止めが効かない・・・。
だから本当は寝てしまいたかった。
そうしたら何も考えなくて済む。
寝て起きて朝になったら、また忙しい日常が始まるのだ。
だけど実際は眠ろうとする度に真吾さんが頭に浮かび、そして熱く疼き出す身体を慰め、罪悪感を抱く。
そして眠れぬうちに朝になり、僕はそのまま学校へ行くのだ。
そんな生活は、僕の身体を日に日に弱らせていく。けれどその理由を言う訳にはいかず、周りに悟られてもならない。
だから僕はいつも、元気で悩みなどないように過ごさなければならなかった。
なのに一人の夜は多い。
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