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    ◇  ◇  ◇ 「俺んち、父親が田舎で税理士事務所やってるんだ。だから俺も税理士になって跡継ぐのが、もう昔からの既定路線なんだよね」  家庭教師と生徒の間柄でお互いに打ち解けてきたころ、税理士を目指しているという恵太が話してくれた。  もともと彼は話好きで、黙々と教えて帰って行くというタイプとは程遠い。潤は他の家庭教師に習ったことはないので、何が『普通』なのかはわからないのだが。 「別にそれ自体はいいんだよ。親が努力してるのずっと見て来たし、税理士って仕事に抵抗なんかはないんだ」 「そうなんだ。将来のために何か資格欲しいからかと思ってたけど、そういう理由だったんだね」  潤の幼い返答に、彼が続ける。 「ただせめて、大学の間だけでも家から離れてみたくてさ。親の事務所継ぐなら、もうずっとそこで暮らさなきゃなんないし。開業ってそういうことだから。故郷(ふるさと)自体はいいとこで好きなんだけどな」  普通の勤め人の親を持ち、自宅から大学に通っている自分とはまったく違う背景を持つ彼の事情を、当時の潤はまるで他人事のように受け止めていた。  今になってようやく、それが自分と無関係ではないと実感したのだ。
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