ずた袋を履いた少女

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ずた袋を履いた少女

 私は今日生まれて初めて、小人を見ました。  そして生まれて初めて……小人に朝食を盗られました。 「待って!私の朝ごはん!!」  朝日の差し込む森の中を、手のりサイズの小人と私が駆け抜けます。赤い三角帽子を被った小人は、サンドイッチを小脇に抱えて止まってはくれません。  休みの日の朝から、とんでもない災難でした。  早起きして森に野苺を摘みに行き、終わったら森の近くの花畑で朝食。お屋敷に帰ったらジャムを作って……という楽しい一日を潰された怒りやら悲しみやらで、小人を見たという衝撃は最早意識の外でした。 「お待ちなさいったら!!」  どうやら、待てと言って待ってくれる泥棒はいないという言葉は本当のようで。坂道曲がり道を必死で追いかけました。 「……っ、」  下り道を降りきった時、足にずきりとした痛みがはしりました。普段走ることも少ないので、ずた袋に包まれた足が悲鳴を上げているようでした。 「きゃっ」  小石につまずき、私は顔から地面に倒れ込みました。が、そんなことで諦める性分ではありません。  すぐさま起き上がり、走り出します。 「たくっ、しつこいなぁっ」  後ろを振り向いて、小人の彼は言いました。悪態をつくなど、どうやら小人はまだまだ余裕のようでした。 「もうっ、絶対許しませんよ!!」  とは言ったものの、私の足も呼吸もとうに限界まで来ていました。  もう諦めようか。そう思った時、急に小人が立ち止まりました。  どうやら、逃げた先が行き止まりだったようです。それはまたと無い好機でした。 「つ、か、ま、え、たっ!!」  小人目掛けて、私は全力でタックルしました。  が、小人は捕まることなく、ひらりと避けられてしまいまったのです。  そして私を待ち構えていたのは……急勾配の丘でした。 「きゃあああ!!」  急に止まることも出来ず、私は丘を転げ落ちてしまいました。  ぐるぐると視界は回り、鼻先を掠めるのは青臭い雑草と土の匂い。  そこで私の記憶は、途切れてしまいました。 +  目を覚ますと、見覚えの無い天井が見えました。体の節々が痛いけれども、どうやらベッドに寝かされているようでした。 「目、覚めたか」  声が聞こえた先に顔を向けると、男の人が椅子に座ってこちらを見ていました。  歳は私よりも、十歳位上でしょうか。背は高く、前髪が長くて目元の表情はよく見えません。しかし、いやに眼光が鋭く感じました。  無愛想な物言い、背が高い、表情が見えない。その三拍子で、私は彼を''怖い人''と判断しました。そして蛇に睨まれた蛙のように、私はすっかり萎縮してしまいました。 「家の近くの丘から音がしたと思って見てみたら、えらいものが転げ落ちて来たもんだ」 「ご、ごめんなさい」  どうやら先程私が転げ落ちた丘は、この家の傍のようでした。  ぐぅぅ。 「……」  こんな場面でも身体は素直なもので。お腹が鳴ってしまいました。 「折角だ、丁度これから朝食にしようと思ってたんだ。食べていくと良い」 「そんな、申し訳無いです」  これ以上彼と関わりたくないと思い、私は彼の誘いを断ろうとしました。  が、ダメ押しとばかりに、もう一度お腹が鳴ってしまいました。 「……お言葉に甘えて」 「ん。決まりだな」  恥ずかしさを引き摺りながら、私はベッドから這い出ました。  怖い、恥ずかしい、帰りたい。  正直、食事などまったく喉を通る気がしませんでした。なるべく早く、彼との食事が終わるのを願わずにはいられませんでした。  通されたダイニングには、四角いテーブルに皿とコップだけが置かれていました。 「?」  不思議に思っていると、彼は軽く手を振りました。すると皿には突如パンが現れ、コップにはミルクが注がれたのです。 「え、今何が?」 「何って、魔法で出した。そんだけだ。雑にやったから味は期待するな」 「凄い……」 「別に。大したことじゃない」  朝飯前とはまさに、こういうことなのでしょう。呆気にとられる私を他所に彼はさっさと食卓の椅子に座りました。  森で小人を追いかけ、魔法が使える大男と朝食を共にする。現実離れしすぎて、まだ夢の中にいるような気さえしました。  パンの置かれた皿の隅には、ご丁寧にバターとバターナイフまで添えられていました。 「どうだ?」 「その、とても美味しいです」 「そら良かった」  どうやら彼は寡黙な人のようで、その後は互いに黙々と食べ進めました。食卓の上には、パンをかじる音しか聞こえませんでした。  ふと周囲を見渡すと、壁には多種多様な靴が飾られていることに気が付きました。 頑丈そうなものに、とびっきり華やかなもの。色も形も様々です。  どうやら、此処は靴屋のようでした。 「そんなに珍しいか?」 「その、靴屋さんにはあまり行かないものですから」 「靴屋というより、ここは工房だな。既製品の販売よりも、オーダーメイドでの靴の作成と修理がメインだ。基本は修理の客がほとんどかもしれん」  飾られた靴は趣味で作ったものだと、彼は続けました。 「まあ、壁に飾った靴も、希望があれば売ることはあるがな」  履いてくれる人からの迎えを待つ靴達は皆魅力的で、私はすっかり目が離せないでいました。 「ところで、こんな森の奥までしに来たんだ?」  朝食を食べ終えた頃合いに、彼は聞いてきました。 「野苺を摘みに来たら小人に朝ごはんを盗られてしまって。追いかけてきたら、ここまで来てしまったんです。……っは、そういえば!!」  大切なことを思い出し、私は慌てて辺りを見渡しました。  すると部屋の隅には、野苺摘みのため私が持ってきていたバスケットがきちんと置かれていました。  しかし蓋を開けると、摘んだはずの野苺がほとんど無くなっていました。  どうやら、走ったり転けたりしたせいで、大半を道に落としてきてしまったようです。 「そんな、……っ、」  落ち込んでいると、足に痛みがはしりました。忘れていましたが、足はずた袋の中で悲鳴を上げているようでした。 「聞き忘れていたが、その足は一体……?」  彼は、訝しげに私の足を眺めて言いました。  片方ずつ、ずた袋に包まれて口を紐で結ばれた足。初対面の人からすれば、大層奇妙に見えるに違いありません。 「合う靴が無いので、これが私の靴代わりなんです」 「なんだと……?」  どうやら、彼はあまりのことで絶句しているようでした。  先程丘から落ちた衝撃で、そのずた袋も所々破れ、余計に見ずぼらしいものとなっていました。 「どんな靴を履いても足が痛くなってしまって。行き着いたのがずた袋だったんです」  袋の破れた箇所を手で隠しながら、私は続けました。説明していて恥ずかしいものの、残念ながらこれが事実なのです。 「ボロボロに履き古した靴を履いてうちに来た客は数知れずだが、ずた袋を履いて来た奴は初めてだ」 「……」  黙って俯いていると、彼は意外な提案をしました。 「決めた。お前に合う靴を作ってやろう」 「え!?」  唐突な申し出に、嬉しさよりも困惑が勝ってしまいました。何故なら私の足は、どんな靴を履いても駄目だったのですから。  そんな足に合う靴だなんて。到底出来ると思えませんでした。 「とても嬉しいのですが……お値段はおいくらでしょうか?」 「全部一から作る場合、金貨三枚分だ」 「……」  そもそも金貨自体一度も見たことない私の給料で、到底支払える金額ではありませんでした。  私の顔色を見て少し考える素振りをしてから、彼はとんでもないことを口にしました。 「だったひとつ、提案がある」 「?」 「払えないならば、身体で払えば良いだろ?」  嗚呼。どうやら私は、悪い男に捕まってしまったようです。
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