メイムのお守り(1)

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メイムのお守り(1)

「来たな。ずた袋の小娘」 「……お、おはよう、ございます」  次の休日。息を切らしながら、私は挨拶をしました。  信じられませんが、彼の行った通りずた袋を履いてお屋敷の外に出たところ、勝手に足が動いて工房にまで辿り着けたのでした。  が、先日のように足の動きが速く、それに身体ごとついて行くのは大変でした。まだ何もしていないのに、私はすっかり汗だくになっていました。 「その……私、ミアと申します」  小娘呼ばわりなんて、失礼な人。  抗議の代わりに、私は名乗りました。 「そうか。俺はリードだ。まあよろしく」  謝るでもなく、リードさんは言いました。察するに彼は、存外ぶっきらぼうな性格のようでした。  また、よく見たら着ているシャツは少しよれており、洗っても取れなかったのか、エプロンにも塗料のシミが付いていたのでした。そこから、身だしなみに無頓着であるのも見て取れました。  こんな人が、本当にあんなに綺麗な靴を作れるの?という彼を疑う気持ちをだんだんと抱き始めていました。 「じゃあ開店だ。取り敢えず、外の掃除をやってくれ。客が来たら招き入れて欲しい。あと……」 「?」 「"何が"来ても、絶対驚くなよ?」  誰がではなく''何が''。彼の言葉に少し引っかかったものの、私は箒で掃き掃除を始めました。  人気が少ない場所ということもあり、工房の周りにゴミはありませんでした。しかし、風で飛ばされてきたであろう木の葉や小枝は少し落ちていたので、それを掃いていくことにしました。  広いお屋敷の庭掃除に比べれば、全く苦にはなりませんでした。 「……まあ、本当なら今日は、お休みの日なんですけどね」 「ちょっと、そこの貴女」  どこからか、小さな声が微かに聞こえてきました。 「ん?」  辺りを見回すものの、誰も見当たりません。リードさんは家の中で作業をしていますし、今ここに居るのは私一人です。  空耳でしょうか。不思議に思いながら掃除に戻ると、また声が聞こえました。 「ここ!!ここよ!!」 「?」 「あなたの足下!!」  声の言う通り下を見ると、小指の長さにも満たない小さな女の子がぴょんぴょんとジャンプしていました。  それは、背中に4枚の羽が生えた妖精さんでした。少し驚いたものの、絶対驚かないという彼の言いつけが頭をよぎりました。 「もうっ!!さっきから呼んでるのに!!」  そうだ。お客さんなんだから、失礼な態度をとってはダメだ。驚きを顔に出さぬように、私はしゃがんでから妖精さんに話しかけました。 「気付かなくてごめんなさい!いらっしゃいませ」 「靴屋さんに来たんだけど、もう開店してる?」 「勿論です。ご案内しますね」  私が立ち上がると、妖精さんはふわりと宙に飛び上がりました。  入口の看板を反転させて「open」に切り替え、私は彼女を工房に招き入れました。 + 「お、久しぶりだな。今日はどうした?」 「前作ってもらった靴が破れちゃって。修理をお願いしたいの」  そう言って、妖精さんは一足の靴を差し出しました。小指の爪の先程の革靴は、一見綺麗に見えました。 「このかかとのところに穴が空いててね。雨の日に歩くと水が染み込んじゃうの」 「ふむ……」  私も目を凝らして見てみたものの、穴というのは全く分かりませんでした。 「もう少ししっかり見てみよう」  そう言って、リードさんは眼鏡をかけて靴を様々な角度で観察し始めました。私も今一度よく見てみましたが、やっぱり分かりませんでした。 「あー、成程。ここか」 「でしょでしょ?」  何が!?と私が心の中で突っ込みを入れている間に、彼は紙に靴の絵を書き始めました。 「革に穴が開いたというよりも、靴底と革の繋ぎ目のとこだな。そこの接着をし直せば大丈夫だ」 「本当?ありがとう!!」 「ただ、預かり修理になるが大丈夫か?」 「もちろんよ」  靴の絵のかかと部分に赤いインクで丸を付けて、リードさんは妖精さんに説明しました。 「あと、縫い目が少し解れてるから縫い直しした方が良いが、どうする?」 「じゃあ、それもお願いしようかしら」 「よし分かった。じゃあ代金は……」  あれよあれよという間に、話はまとまっていきました。靴修理というと、もっと相談に相談を重ねて進めていくものだと思っていたので、私はすっかり拍子抜けしてしまいました。  彼が見積もり書を作成している間に、妖精さんが私に話しかけて来ました。 「ところで貴女初めて見る顔だけど。ここで働き始めたの?もしかしてお弟子さんとか?」 「あ、えーっと、」 「靴作る代わりに、今日から手伝いに来させてる」  見積もり書を書きながら、リードさんは口を挟んできました。 「ふーん」  宙を舞いながら、近寄って妖精さんは私の顔をまじまじと見つめました。 「貴女、顔の造形は悪くないけど……」 「けど?」 「ちょっと間抜け面ね」 「はぁ!?」  思いもよらないけなし言葉に、つい声を上げてしまいました。しかし彼女は、私の態度を面白がっているようでした。 「ボケっとしてる時に口ぽかんと開けとくの、辞めた方が良いわよ。救いようが無い位のアホ面になっちゃうから」  クスクス笑いながら、妖精さんは言いました。  可愛らしい見た目からは想像できないような口の悪さに、唖然とする他ありませんでした。 「まあ良いわ。取り敢えず、ここの靴は良いわよ」 「そうなんですか?」 「ええ。何足か作ってもらったけど、すっごく素敵なの。妖精の村にも靴工房はあるけど、比べ物にならないわ」  今日履いてきた靴もここで買ったものだと、妖精さんは言いました。 「ここ、見てみて」  顔を近づけて見てみると、靴の側面には花の刺繍が入っていました。 「妖精達の集まりでも、メイムの靴は本当にオシャレだねって、よく褒めて貰えるわ」  メイムさんは、満足そうに言いました。 「待たせたな。仕上がり時期と金額の見積もりは……」  そんな話をしているうちに、彼が会計書類を持ってやって来ました。 「分かったわ、じゃあお会計はこれでお願い」  お金を置くトレイに入れられたのは、キラキラした数粒の小石でした。  お金ではなく、まさかの現物支払い。驚いてリードさんの顔を見ましたが、平然としているあたりこれが日常なのでしょう。 「ああ。毎度」 「また来るわ。じゃあ、貴女も頑張ってね。後、今度会った時までに間抜け面する癖は治しておきなさいね」 「なっ……!」  私が言い返すより先に、メイムさんはさっさと飛んで行ってしまいました。
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