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メイムのお守り(2)
「あんなに小さな穴、よく分かりましたね」
茶の準備をしながら、私はリードさんに問いかけました。
メイムさんが帰った後、彼は作業机で修理にに取り掛かっていました。話しながらの方が作業が捗ると言われたので、彼の話し相手をすることになったのでした。
「お茶、淹れました」
「ん。ここ置いておいてくれ」
キッチン棚にあった茶葉は、どうやら普通の紅茶ではなくハーブティーのようでした。ガラスのティーポットで淹れてみると花が浮かび、容器の中に若草色が広がったのでした。
瑞々しい香りが、心地よく鼻腔をくすぐりました。
「まさか、楊枝の先程の穴だったなんて」
きっとずた袋に同じ大きさの穴が空いていても、私は気付かなかったでしょう。
「他人からしたら些細なことでも、本人からしたら大したことなんて言うのは、よくあるこった」
糸と縫い針を使って修理をしながら、リードさんは続けました。
「それに寄り添うのが、職人ってもんだ」
相変わらず粗雑な物言いではあるものの、彼が修理に真摯に取り組んでいるのはよく分かりました。
「それに、メイムの場合靴は生活必需品というだけではない」
「というと?」
「自分を保つためのお守り、とでも言うか」
聞けば、メイムさんは元来引っ込み思案な性格とのことでした。
「他の奴と比べて体力が無いから、長い時間羽で飛べないらしい。そのせいで仲間から揶揄われることもあるらしい」
それもあり、彼女は一時期口がきけなくなる程落ち込んでしまったそうです。
「まあ、妖精の類は皆癖が強いからな」
「そうなんですか?」
「ああ。言っておくが、メイムは妖精の中でもかなりマシな性格だぞ」
「嘘!?」
「本当だ」
予想だにしない一言に、私はお茶を吹き出しそうになりました。
あれだけ好き勝手言われた身からすれば、性格が''良い''どころか、''マシ''という言葉すらも疑わしく思えました。
どうやらこの工房を訪れるのは、癖ありなお客が多いようでした。
「考えてみろ。他人の食いもんを盗ったりする奴がまともな性格だと思うか?」
「た、確かに……」
「お客だから多少いたずらをされても何か言われても大概許す。が……」
「?」
「昔小人のお客に工具一式盗まれた時は、小人の村まで殴り込みに行ったな」
「……」
この工房で働くには、大分忍耐力が必要なようでした。
「『落ち込んで下を向いた時、真っ先に目に入るのが靴。だから、とびっきり可愛い靴を作って欲しい』。それが、あいつが靴をオーダーした際の希望だった」
「!!」
「ちなみに初対面の時、あいつには『もっさい無愛想』と言われた」
彼女の生意気な物言いは、傷つけられる前に自分を守るため、身に付けた手段なのかもしれない。私はふとそう思いました。
「よし、出来た。あとは縫い直しだ」
突っぱねるのではなく、お客を理解した上で希望に合った靴を生み出す彼。
私が思っていたよりも、彼は悪い人では無いのかもしれません。
+
気付けば外は、もう夕方近くになっていました。
妖精の靴をも修理する、魔法が使える靴職人の工房。不思議に次ぐ不思議に、まだ夢の中にいるような気分でした。
「これ、試作品だ。次来る時には必ず履いて来い」
帰り際に渡されたのは、一足の靴。縫製はあくまで仮縫いであるものの、遠目で見れば立派な靴でした。
どうやら、私は彼の嫌な面だけを見てしまっていたようでした。
「ありがとうございます。じゃあ、また……」
「おい」
「はい……?」
「下。気をつけろ」
言われるがままに下を見ると、草から生えた緑色の不気味な手が、私の足首を掴もうとしていました。
「!?!?」
反射的に、私はリードさんの腕にしがみつきました。手はすぐに消えたものの、全身の冷や汗が止まりませんでした。
妖精なのか幽霊なのか化け物なのか。兎に角、人では無い何かであるのは明白でした。
「あ、ああいうのは、よく出るんですか」
「まあな。あの程度の悪戯なんざ、数えたらキリがない」
「は、はぁ……」
「それだけじゃない」
遠くの森陰を指差して、リードさんは言いました。
「これだけ森深い場所だったら、正体が分からんものなんて、その辺にごまんといるからな」
黒い陰の奥からは、何者かの目がこちらを覗いていました。姿形はよく分かりません。
けれども、暗がりで何かが蠢いているのは分かります。そして気味悪い眼光だけは、いやに目立っていたのでした。
あまりの不気味さに、鳥肌が止まりませんでした。
「手は出してこないから、安心しろ」
「……」
「ビビってんのか?そんなんだったら、この先身が持たんぞ」
意地悪く笑いながら、リードさんは言いました。
前言撤回。やっぱり彼のことは、好きになれません。
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