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「なにに気付けたの?」
「はい、帰る帰る。明日早いんだろ?」首を傾げている彼女の背中を押し、帰宅を急かす。
君は少しふくれた様子で、共用廊下に立っている。いつもと同じ背丈で、いつもと同じまつ毛のカールで、いつもと同じローズの香水の香りをまとって、昨日と同じ薄橙のコートに包まれて。
いつも通りの君が、そこにいた。
「あのさ、俺⋯⋯」
僕より先に死なないでほしい。どっかで聴いたその言葉が喉をつっかえる。やっぱり、まだこんなキザなセリフは言えない。でも、「僕でよかったかい?」なんて訊いたりはしない。だって、僕は君がよかったのだから。
「さっきからどうしたの? 心配だから駅まで着いてきてよ、ね?」
大きな右手と小さな左手。大きさも温度も厚みも違う二種類の手のひらを、君はためらいもなく重ね合わせた。
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