2章

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待ち合わせ場所は定期が通っていないから普段はあまり行かない駅。 遅れないように乗換案内アプリで何度も時刻を確認した。 少し早めに着いたつもりだったけど、今日も永瀬さんは先に来ていた。 白のシャツに紺のジャケット、黒のパンツというシンプルな格好を見て、変に気合い入れなくてよかったと思う。 「こんにちは」 おつかれさまですとはちがう挨拶に心臓が高鳴る。 わたしも、こんにちは、と返す。なんだか変な感じ。 永瀬さんが予約してくれた店に向かう。 今日は落ち着いたイタリアンの店だった。ワインが飲みたいというわたしのリクエストに応えてくれたようだ。 飲み放題つきのコースを予約してくれているらしい。 赤ワインと白ワインが3種類ずつ。それぞれちがう赤ワインを注文して料理を待つ。 前回は急に泣き出して困らせてしまった。あまりにも優しく受け止めてくれたからつい気持ちが緩んだ。 今日はそんなことがないように、何を言われても聞かれてもうろたえない心の準備はしてきたつもり。 そっか。 離婚の理由、話しちゃったんだよな。気恥ずかしい。 永瀬さんは何も気にしていないというように涼しい顔をしている。 前菜が来て乾杯をする。 ワインを一口飲んで、先に口を開いたのは永瀬さんだった。 「原田さん、お酒強いんですって?」 「弱くはないけど、強いってほどでも。って誰に聞いたの」 「さあ、誰でしょうね」 さっきの涼しい顔から一転、悪い顔になっている。 わたしがお酒にまあまあ強いのは経理部の人なら誰でも知っていることだけど。 「家でも1人で飲むんですか」 「ワインとウイスキーと梅酒は常備してますけど、何か?」 「いや、いいと思います。そういうの」 今度は笑っている。からかわれてるんだろうか。 それからたわいない話をした。 兄弟はいるか。学生時代、部活は何をやっていてどんなバイトをしていたか。 どんな趣味があって休日は何をして過ごしているか。 今日は仕事の話が少なめだった。 私服だからかな。これが休日に会うってこと。 外でワインを飲むのが久しぶりで、少しだけ飲みすぎているかもしれない。 「今まで付き合ったのは元の旦那さんだけって言ってたじゃないですか」 「うん」 突然が話題が変わっても同じテンポで答える。 あれ、酔ってるのかな。 「長かったんですか」 「どうだろ。24で付き合って、そこから6年半だから長いのかな」 「学生時代はそういうのなかったんですか」 「好きな人はいたよ。でも恋に恋してる感じで、何もアクション起こすことなく卒業して終わり」 男子はおろか女子ともうまく話せない学生時代だった。 あの頃は同級生との距離のとり方がわからず随分悩んだな。 「よかった。恋愛に興味がないわけじゃないんですね」 「それはないと思う」 何気なく返事をしたけど、この流れはまずいんじゃないか。 根堀り葉掘りタイムが始まる前に話題をそらさなきゃ。 「永瀬さんは、それなりに経験してきたんでしょ」 「僕もそんなに多くは……」 そんなわけない。 経験少なかったらそんなスマートさは身につかないでしょ。 「今まで何人付き合ったの?」 「3人……ですかね」 ちょっと言いづらそうに答えて苦笑いでごまかそうとしている。 「わたしからしたら十分多いよ」 「でも遊びの恋愛はなかったですよ。みんなそれなりに長く付き合ったし」 そんなこと慌てて弁解しなくてもわかってる。 「なに笑ってるの」 「いや、僕の過去の恋愛に興味もってくれてるんだなって」 「聞かれたから聞き返しただけです」 気にならないと言えば嘘になる。 恋愛経験が浅いのは少なからずコンプレックスになっているから。やっぱり、どう考えてもつり合わないんじゃないかな。 デザートまで食べ終わって店を出た。 9月も終わりに近づいてきたけど、この時間でもまだまだ蒸し暑くてモワッとした空気に包まれる。 「ちょっと、遠回りしていきませんか」 そう言って連れられたのは人気のない公園だった。 犬の散歩をする男性が横切っただけで他には誰もいない。 永瀬さんはベンチの近くにある自販機で水を買うと、半分くらいを一気に飲んだ。 「気分悪いの? 大丈夫?」 「いや、これは少し酔いを冷まそうと。とりあえず座ってください」 「……はい」
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