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エピローグ
「お待たせー」
まだホカホカしている体で小走りする。
笑顔で迎え入れてくれる佑人の浴衣姿にドキッとする。
12月半ば。
今日は1泊2日で温泉旅行に来ている。
もうすぐ私の誕生日だからと、佑人が誘ってくれた。
「ごはんまで少し時間あるから、部屋でゆっくりしよう」
食事は18時半に頼んでいる。
先に温泉で癒やされて、時間まで特にすることもなく明日の予定を決める。
バタバタして事前に行き先を決められなかったけれど、こういうまったりした旅もいいな。
「この神社に行ってみたいんだ」
「神社?」
「縁結びのご利益があるって」
「そうなんだ。いいね、行こう」
アクセスや周辺の飲食店を調べていると食事の準備が始まった。
2人でゆったり部屋食が嬉しい。
旬の食材や名産のお肉、地酒なんかを堪能して、少しうとうとしながらテレビを見る。
「前に香耶さんの家で見た番組だね」
「そう。最近保護犬をお世話する新コーナーが始まったの。人に不信感持ってるけど少しずつ心開いてくれて泣けるのよ」
コーナーが1つ終わってCMが流れる。
「あ、これ佑人が読んでた本じゃない? 映画化するんだ」
小説が原作の映画のCMだった。
タイトルに見覚えがある。
「そうなんだけど、主演がちょっとイメージと違うからなー。見るか分からない」
「じゃあさ、評判がよかったら一緒に見に行こうよ」
「それなら本貸そうか」
だんだんお互いの興味があるものも分かってきた。
特に不満もなく、付き合い始めのドキドキ感を満喫している。
「香耶さん、眠い?」
大きなあくびをする私を見て佑人が言う。
「眠くないよ。ぜんぜん」
慌てて目をこする。
笑いながら抱きしめられた。
いつもと違う空間に少し緊張する。
布団に倒れ込み、何度もキスをする。
まだ完全に不安がなくなったわけじゃない。
こんなに幸せでいいのかな。
また失うんじゃないかって、満たされるほど怖くなる。
それでも、こうして触れ合うたびに大丈夫って信じさせてくれる。
佑人が触れる指から、唇から、好きが伝わってくる。
不安だからこそ、好きな人と抱き合える喜びを噛みしめられる。
それくらいには前向きに考えられるようになってきた。
時折、佑人は優しい目で見つめる。
私が不安になっていないか確認するように。
答えるように佑人の背中に回す手に力を込める。
心のしこりが溶けていく。
傷ついたことも失敗したことも、この人に出会うまでの過程だったんだと思うと痛くない。
私はこの人と生きていきたい。
思いやりを持って寄り添い合って、愛を伝えながら。
目一杯の愛を体に受けながら。
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