1章

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会社に戻るのがギリギリになってしまい、慌てて歯みがきと化粧直しを済ませる。 いつも12時頃に休憩をとるパートの佐橋さんが書類の山をチェックしている。 野崎さんは席で弁当を食べていて、吉岡さんはわたしとほぼ同じタイミングで休憩が終わったようだった。 岡田さんは部長の席で何か話をしている。 考えることはいろいろあるけれど、とりあえず午後も頑張るかとパソコンのロックを解除するとチャットが1件来ている。 永瀬さんだった。 朝の会計データの件かな。 お昼に出ていたから待たせてしまったかもしれないと思いながら個別チャットを開く。 “ごはんいつ行けますか?” 「はい?」 なんの前置きもないストレートなお誘いに、心の中で発したはずの声がおもいっきり漏れていた。 「どうしました?」 隣でお茶を飲んでいた野崎さんが心配そうにこちらを見ている。 「ごめん、なんでもない」 本気だったんだ。 いや、2人でとは言っていないし、他にも何人か誘っているのかも。 “金曜日だとありがたいです。” 昨日断らなかったのだからOKしたのと同意だ。 今さら断れない。 ……と、律儀な自分を恨みながらメッセージを返す。 “今週どうですか” 張りついていたのかと思うほどすぐに返事が来た。 というか、今週って? “今週って、あさってですか?” “何か予定ありますか?” ズルい聞き方をする。 行けるかという質問なら先延ばしにもできるけど、予定があるかと聞かれれば答えはノーだ。 “特に予定はないですけど……。” だから正直に答える必要ないんだってば。 “じゃああさってで! よろしくお願いします” ビックリマークにこんな圧力を感じるのははじめてだ。 返事を打ちこんでいる間に追加で “店探しておきます。食べられないものありますか” とメッセージが表示された。 入力するのが早すぎないか。 好き嫌いもアレルギーもないと返すと、既読がわりの了解をあらわす絵文字でやりとりはひとまず終わったようだった。 クールであっさりした人だと思っていたけれど、わたしは彼のことをまだ何も知らないようだ。
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