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俺は一気に3階まで階段を駆け上がると、その渡り廊下から、本校舎の方に戻った。
鼻が曲がるような刺激臭がする。
爆発をもろに受けた1階と2階は、もはや火の海で近づけない。
屋上へ続く階段へと足をかけたとき、
「――――っ」
何か強靭な力で後ろから引き落とされた。
後頭部、左肩、右ひじ、左大腿部、右脛を、階段にしたたかに打ち付けながら、俺は階段を転がり落ちた。
2階と3階の間の踊り場で止まると、体の横に松明が転がった。
全身が痛い。息ができない。
俺はあまりの痛さに体を縮こませながら、自分を引っ張り落した人物を見上げた。
「あんたは……」
中年の男。
その顔には見覚えがあった。
たしかこの人は―――。
その後ろには中年の女性。
その人にも見覚えがあった。
(―――いや、こいつらは………)
薄暗い部屋。
湊斗の白い体を這う、男の太い指。
だらしなく開く両の足の付け根で、
女の股座が下品に揺れていた。
(―――湊斗の体を貪っていたやつらだ…!)
怒りが湧いてくる。
いくらこの世に未練があるからと言って、親子ほど年の離れた青年から精気を絞り出すなんて。
(そのせいで湊斗は………!)
俺は松明を手に取り、立ち上がった。
上から大人たちの手が伸びてくる。
下から火の手が迫ってくる。
俺は松明を握りしめると、先頭にいた男の腰めがけて打ち込んだ。
炎が当たったところから、男の体がポロポロと黒く崩れていく。
「―――なんだこれ……」
崩れたものをよく見るとそれは、親指ほどの大きさの黒い蜘蛛だった。
男は腰が崩れてもそのまま手を伸ばしてくる。
瞳を失った白目の中を蜘蛛が上から下に移動した。
「―――んだよ、こいつ!」
全身に鳥肌が立つ。
それでも俺はバットのごとく松明を振った。
また当たったところから黒い蜘蛛が飛び散り、四方八方に逃げていく。
俺は身を返しながら階段に足をかけると、上から下に角度をつけて松明を振り切った。男の体が宙を舞い、迫りくる炎の中に飲まれていく瞬間、ヒト型の蜘蛛の集団になって弾けた。
内臓がゾワゾワと痙攣するような不気味さを覚えながらも、俺は次に手を伸ばしてきた女性を同じように炎の中に打ち込んだ。
女性のものなのか、それとも蜘蛛の断末魔なのか、耳につく高音に耳を塞ごうとしたその時、
「――竹原!」
階段の上の方から声が聞こえてきた。
「竹原、こっちだ!」
確かに聞こえる。
この声は――――。
声に気を取られているうちに、男に腕を掴まれた。
「――く…っ!」
落としてしまった松明は階段を転がり落ちた。
男の顔が迫る。
口が大きく開く。
その喉の奥にも黒い蜘蛛が見える。
「――――っ」
(喰われる……!!)
次の瞬間、男の顔がゆがみ、そのまま階下に向けて吹っ飛ばされた。
体がはじけ飛ぶ暇もなく真っ赤な炎に飲まれていく。
振り返るとそこには、拳を振りかざしたままの東藤が立っていた。
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