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(――しまっ……)
しかしすんでのところで、黒蜘蛛が湊斗の前に立ちはだかった。
『グエエエエエッ』
打撃を受け、仰向けに蜘蛛は倒れた。
俺は麻子の体を松明で殴ると、のたうち回って暴れている蜘蛛に駆け寄った。
湊斗もふらつく体を引きずりながら蜘蛛に近づく。
「東藤……!」
なぜ一目見たときに気づかなったのだろう。その蜘蛛の頭は赤ではない。ピンク色に輝いていたのに―――。
蜘蛛の姿は少しずつ、東藤に戻っていった。
彼はうつろな目でこちらを見上げると、ふっと笑った。
「言っただろ。最期には助けてやるって」
湊斗の頬を撫でる。
「ーーお前、痩せたなぁ」
湊斗の目から涙が流れる。
「………あっちに帰ったら。お前はこの3年間のことなんか忘れて、ちゃんとお前の人生を幸せに生きろよ」
手を握りながら湊斗が頷く。
東藤の目が今度はこちらを向く。
「竹原。湊斗を連れ帰ってくれ。頼んだぞ……」
かすれる声でそう言うと、東藤はポケットの中から何かを取りだした。
「これは?」
掌に納まるそれを見ながら俺は東藤に聞いたが、彼は笑顔のまま目を瞑った。
「東藤!!」
湊斗が叫ぶと、その体はじわじわと薄くなり、やがて、灰が少しずつ風に飛ばされていくように、見えなくなった。
『――許さない』
炎に包まれたままの麻子が立ちあがった。耳にではなく直接脳内に響くような割れた声。
俺と湊斗も、互いを支えあう様に立ち上がった。
『あんたも、湊斗も、絶対に許さーーー』
そのとき、屋上のドアが開いた。
生徒たちが我先にとあふれ出してくる。
その目はどれも黒く染まり、一直線に麻子めがけて走ってきた。
『きゃああああああ!』
あっという間に麻子は彼らが伸ばした手に吸い込まれていく。
生徒たちから一歩遅れて迫ってきた炎に、屋上が飲み込まれていく。
「ーー湊斗!行こう!!」
俺は湊斗の手を引いた。
フェンスが通り抜けることは、昨日すでに実証済みだ。このまま全力疾走で駆け抜けてやるーー!
「竹原」
俺に手を引かれ、やっとのことで走っている湊斗はこちらを見上げた。
「お前って……バカだなぁ」
緊迫した状況にも関わらず、彼はやけに気の抜けた力ない声で笑った。
「これでもし、戻れなかったらどうすんだよ。大体、お前さーーー」
「続きはーーー」
俺は湊斗の言葉を遮った。
「あっちで聞くわ!」
言いながら振り返ると、湊斗は「ふは」と笑った。
落下。
積雪。
大丈夫。
きっと、大丈夫だ。
俺は屋上を踏み切った。
やはりフェンスは体を通した。
振り返る。
寐黒島の闇のなかにポツンと残った寐黒高校が焼け落ちていく。
二人で落下を始める。
速度が上がる。
地面が近づく。
それでも確信があった。
戻る。
戻れる。
戻るんだ。
湊斗と一緒に―――。
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