1

2/6
前へ
/188ページ
次へ
「荷物、これだけか?」 車で迎えに来た父親が俺に言った。 「うん」 俺はスポーツバックに荷物を詰め終えると、頷いて立ち上がった。 1ヶ月前、父親とともにこの泰造の家に来た時には、当面の衣服しか入っていなかったはずのバッグは、何が増えたわけでもないのにパンパンに膨れ上がっていた。 「忘れ物はないだろうな」 「ない、と思う」 「スマホの充電器とか、タオルとか歯ブラシとか、一通りチェックしておけよ。俺は九帖高校にあいさつに行ってくるから」 その言葉を聞いて思わず苦笑する。 結局、本物の九帖高校へは一度も行かずに終わってしまった。 父親が乗った車が遠ざかっていく音を聞くと、俺は小さくため息をついた。 来週からまた、東京の駿丘東高校へ戻り、やがて3年に上がる。 高校を出たら進学はせずに働こうと決めていた。 それは病み上がりの母親を助けたいというのもあるが、できれば警察や自衛隊に入り、誰かを守る職業に就きたいと思ったからだ。 さすがに消防士になろうとは思えないが―――。 この2年間、ほとんどコミュニケーションを避けていた同級生とうまくやっていけるかはわからない。 しかし、おそらく人生最後になるだろう学生生活を、全力で楽しみたいと思う。 「おい、修一。これ忘れているぞ」 泰造が洗面所からひょいと顔を出した。 「あ……」 そこには、あの日、寐黒高校で、東藤から託されたモノが握られていた。 「サンキュ」 俺はそれを受け取り、ストラップをくるくると回した。 それは古い携帯電話、いわゆるガラケーだった。 ボタンに赤色と白色が混ざっていて、なかなか奇抜なデザインをしている。 ところどころ焦げたり傷ついたりはしているが、意外と外傷は少ない。 おそらく東藤のものだとは思うのだが、いかんせん、充電器がないので電源さえ入れられずにいた。 (あいつ。これを俺に託してどうしようってんだろう) 「ときに祖父ちゃん」 「なんだ?」 「携帯の充電器、持ってる?」 「充電器?」 言いながら泰造が奥の自室に入っていく。 「なんだ、お前、持ってないのか?」 言いながらコードを輪ゴムで結わえてある充電器を持ってきて、俺に渡してくれた。 「いや、んなこともねぇんだけどさ」 言いながらそのプラグをソレに当ててみる。 カチッとそれは音を立てて奥まで吸い込まれていった。 「ーーおお、ミラクル!」 しばらくすると、開いた液晶に弱く光が入った。 と、そのとき、 「退院おめでとう!元気そうじゃないか!少年!」 そこには笑顔で框に立っている堀田の姿があった。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

256人が本棚に入れています
本棚に追加