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「荷物、これだけか?」
車で迎えに来た父親が俺に言った。
「うん」
俺はスポーツバックに荷物を詰め終えると、頷いて立ち上がった。
1ヶ月前、父親とともにこの泰造の家に来た時には、当面の衣服しか入っていなかったはずのバッグは、何が増えたわけでもないのにパンパンに膨れ上がっていた。
「忘れ物はないだろうな」
「ない、と思う」
「スマホの充電器とか、タオルとか歯ブラシとか、一通りチェックしておけよ。俺は九帖高校にあいさつに行ってくるから」
その言葉を聞いて思わず苦笑する。
結局、本物の九帖高校へは一度も行かずに終わってしまった。
父親が乗った車が遠ざかっていく音を聞くと、俺は小さくため息をついた。
来週からまた、東京の駿丘東高校へ戻り、やがて3年に上がる。
高校を出たら進学はせずに働こうと決めていた。
それは病み上がりの母親を助けたいというのもあるが、できれば警察や自衛隊に入り、誰かを守る職業に就きたいと思ったからだ。
さすがに消防士になろうとは思えないが―――。
この2年間、ほとんどコミュニケーションを避けていた同級生とうまくやっていけるかはわからない。
しかし、おそらく人生最後になるだろう学生生活を、全力で楽しみたいと思う。
「おい、修一。これ忘れているぞ」
泰造が洗面所からひょいと顔を出した。
「あ……」
そこには、あの日、寐黒高校で、東藤から託されたモノが握られていた。
「サンキュ」
俺はそれを受け取り、ストラップをくるくると回した。
それは古い携帯電話、いわゆるガラケーだった。
ボタンに赤色と白色が混ざっていて、なかなか奇抜なデザインをしている。
ところどころ焦げたり傷ついたりはしているが、意外と外傷は少ない。
おそらく東藤のものだとは思うのだが、いかんせん、充電器がないので電源さえ入れられずにいた。
(あいつ。これを俺に託してどうしようってんだろう)
「ときに祖父ちゃん」
「なんだ?」
「携帯の充電器、持ってる?」
「充電器?」
言いながら泰造が奥の自室に入っていく。
「なんだ、お前、持ってないのか?」
言いながらコードを輪ゴムで結わえてある充電器を持ってきて、俺に渡してくれた。
「いや、んなこともねぇんだけどさ」
言いながらそのプラグをソレに当ててみる。
カチッとそれは音を立てて奥まで吸い込まれていった。
「ーーおお、ミラクル!」
しばらくすると、開いた液晶に弱く光が入った。
と、そのとき、
「退院おめでとう!元気そうじゃないか!少年!」
そこには笑顔で框に立っている堀田の姿があった。
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