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「ただいまー」
「おかえり。ご飯できてるよ」
「んー」
お母さんに生返事をしながら、自分の部屋に向かった。能天気なお母さんの声に無性にイライラして、自室のドアを勢いよく開け閉めする。その振動が伝わったのか、入ってすぐ右手側に置いてある、私の身長よりも高い洋服ダンスの上から、本が落ちてきて、足元に転がった。
タイトルは『あたしがあたしらしくキラキラ輝けるための50の方法〜30歳でも新しいこと、始めました。挑戦は何歳からだって遅くない!〜』、著者「酒井杏里」。大学時代の友人が出版した本だ。1ヶ月前、私の誕生日に贈られてきたもので、こんな手紙が添えられていた。
『村本夏奈様
お誕生日おめでとう! カナもついに30歳だね。こちら側へようこそ……フフフ。なんちゃって。あたしは4ヶ月前、30歳の記念で本を出したよ。自費出版。結構高かったけどさ、全然後悔してない! 自分が書いたものがカタチになるって、すごく嬉しいね。誕生日プレゼントとして一冊贈るね。カナにこそ読んでもらいたい内容なの。
カナは今、なんかやってる? やってないならやった方がいいよ! ダイエットでも、習い事でも、あたしみたいに自費出版でも、なんでもいいと思う。30歳の節目って大事だよ。輝いてる人ってさ、何かに挑戦してるんだよね。カナにもぜひ、キラキラの人生を歩んでほしい。こっち側は楽しいよ。
あたしの本の感想、カナの挑戦の話、今度聞かせてね。
酒井杏里より』
杏里の言葉は、靴の中に入り込んだ小石みたいに、細かくて鈍い痛みを何度も私に思い出させた。
私の人生がキラキラしてないと決めつけている失礼さとか、自分が書いた本を絶対に私が読んでくれると思い込んでいる図々しさとか、全部が全部、私を刺激してくる手紙だった。「カナにこそ読んでもらいたい」本なんか、説教くさいに違いないから、1文字も読みたくなかった。
それなのに、捨てられない。手紙も、本も。
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