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取り敢えず、話を聞いてみた。
この子はこの間の土日で引っ越しをしたらしい。親が家を買って、マンションから一戸建ての住宅に移り住んだとか。
この間までとは降りる駅も違う、家が建った場所は住宅地、コンビニは十五分歩いた先。試しに目印になりそうなものはと聞いてみるが、「お茶とコーヒーが売っている自販機」と、とんでもない答えを返された。その二本が売っていない自販機があったら教えて欲しい。
「住所とかなんかないの? 調べるくらいならできるけど」
ポケットからスマホを取り出し、マップアプリを起動する。検索窓をタップして顔を上げると、彼女は鞄を開けた。
「あ……! それなら確か、おばあちゃんが……」
これまたウサギのスケジュール帳の間から、四つ折りになったメモ用紙が出てくる。こういう時に頼りになるのはやはりアナログだ。
「これです」
差し出されたメモを受け取った。住所を入力し、目的地を表示させる。
そのピンの場所に頭痛を覚えた。
「……これは」
目的地周辺、画面が白い。
スマホの画面には、道らしい線と建物らしい四角い形しかない。その上、道もやや入り組んでいる。
……確かにこれはスマホなしでは帰れない。
「どう?」
明らかに無理だろうと思いつつも、俺はスマホ画面をその子に見せた。
「……地図見ても分かりません。真っ白で」
「だよなあ」
当然だ。この子が欲しいのは地図ではなく、マップアプリのナビ機能なのだから。
「……あ、あの、無理だとは思いますが、これを一日お借りすることは……」
「えっ、無理」
咄嗟にスマホを持った手を引く。
チャットアプリ見られるのもしんどいし、そもそも見られたら社会的に死ぬものがそこそこある。
「で、ですよね……すみません」
とんでもない言葉が出てきたと思ったが、さすがに無理なお願いだと分かっていたのか、その子は申し訳なさそうに頭を下げた。その視線の先には、例のスマホだったガラクタ。
中途半端に関わりすぎたな、と思った。このまま見て見ぬふりをして突き放すには良心が痛む。
……仕方ないか。
「スマホ貸すのはさすがに無理だけど、送ってくならいいよ。一駅しか違わないし」
「え……」
その言葉に、絶望でしかなかった彼女の表情がぱっと明るく変わる。
「ありがとうございます!」
彼女は笑顔で何度も頭を下げる。
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