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3
燃えるような夕焼けの赤色が、アスファルトの黒に滲む。
建物の合間を抜ける風が涼しく、一日が終わると思わせる。
帰路として考えれば十分寄り道なので、早々に一日が終わられても困るのだが、これくらいの涼しさの方が過ごしやすい。
少々明るさがきついスマホの画面に目をやりながら、俺は赤信号の交差点を指さした。
「あの信号渡って、二本先を右に曲がる」
「は、はい!」
緊張しきった声が返ってくる。
振り返ると、彼女はあたりをきょろきょろと見回していた。東京駅の新幹線のホームから降りた田舎者くらい挙動が怪しい。あそこまで複雑な地形はしていないし人だって少ない。まあ、住宅街に案内板はないけど。
……それにしても、本当に全く覚えていないんだな。
「この辺家多いじゃん。友達とか住んでないの?」
そんな興味本位の話題を投げて、五歩。返事がない。
雑談のつもりだからたいした意味はないのだが、先ほどまでは話しかければ何かしらの反応はした。疑問に思って振り返ると、その子は視線をやや下に向けて笑った。
「友達、いないんです」
作り笑いってことくらいはさすがに分かった。
「中学まで仲良かった子とは、違う学校になっちゃって……クラスの子とは、あんまり趣味が合わなくて。浮いてるって感じじゃなくて、浮いてるっていうより、沈んでる……ううん、くすんでる、みたいな」
言われてみれば、クラスの女子はやたら派手なのが多い気がする。後声がでかいの。それらとこの子を対比してみると、くすむという表現は的を射ているような気がした。この子が何年生かは知らないけど、年上っぽくはないし。
「そっか」
聞いておいた最低限の礼儀として、相づちらしい言葉を返す。
俺はたいして友達が多い方じゃない。けど、下手な同情はかえって相手を傷つける気がして、何も言わなかった。
マップアプリの指示通り、言われた道を右に入る。
気まずい空気になってしまったな――などと思いながら顔を上げる。
思わず足が止まった。
「うわ……」
道の先に広がっていたのは、引くほどの住宅の山だ。
それぞれ色や形の違う家々が建ち並んでいる。どれも違うように見えて、そのどれもが同じように見える。道が狭いせいで建物自体も窮屈だし、見通しもあまりよくない。
通い慣れた道ならまだしも、これをアプリ無しで帰るのは明らかに無理だと思った。
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