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「あんな家あったっけ……」
背後から呟く声。ここを一度は通ったことのある人物ですらこの反応だ。
しかしこちらには生きた俺のスマホと、ナビ機能が有能なマップアプリがある。親世代は紙で確認するしかなかったらしい。無理だ。
文明の利器達、もといスマホの画面を拡大してみると、曲がる場所や行き止まりが多い。元々の道があまり整備されていないようだ。
「えっと……大丈夫そうですか?」
「あー、うん、大丈夫。ナビしてくれるし」
いささか不安を覚えつつも、俺はスマホの指示通り歩き出す。
家と家の隙間から差し込む夕日にうっとうしさを覚えつつも、よく見る名字の表札を何軒か越えた。
「……ごめんなさい。突然、付き合わせてしまって」
「いいよ別に、暇だったし――あ、ここ左だから」
理由の二割ほどの答えを返し、そのまま先へ進む。後ろからの足音が止まったが、言葉通り左へ折れると慌てて駆け寄ってくる音がした。
「その、……ありがとうございます。助けてもらって。優しい人でよかったです」
それには答えない。
別に下心があるわけではないが、助けたからといって優しいとは限らない。
マップの指示通り右へ折れると、家らしくない大きな人工物と、これまた人工の光。側面にシロクマの絵が描かれたこれは――。
「あっ! これ……! これです!」
彼女は俺の前へ出ると、赤い自販機を指さした。自販機の明かりも手伝って、彼女の目は希望に満ちている。
自販機の絵と相まって、水族館でイルカ見つけた子供みたいだな、と思った。そんなはしゃがんでも、と心のどこかで冷めた目で見る。
「よかった……」
しかし、息をつく彼女の笑顔を見た時、その考えが吹っ飛んだ。
いろいろと不思議な子ではあるが、笑った顔はやっぱり可愛い。
「あの、もう家が見えたので……ここで大丈夫です。ありがとうございました」
律儀に頭を下げられる。
……終わり?
スマホを確認すると、ここからは後百メートルもない。
不運な高校生の道案内はこれで終わりということだ。
「えっと……、その、飲み物! 飲み物、よかったら」
「え、いいの」
「お礼です。今できるお礼、これくらいしか思いつかなくて」
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