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そういうことなら、と、その子の横から自販機のラインナップを確認する。真っ先に緑茶が目にとまった。その次に、目が無意識にコーヒーを探す。本当にあった。あいにく俺はどっちも飲めない。
とりあえず疲れたし、喉も渇いた。本能的に、体がサイダーを指さす。
「じゃあこれ」
「あっ、このサイダー美味しいですよね! 分かりました、少し待っててください」
よく喋る。
嬉しくてハイになっているのか、それとも悲しくてどん底だったのか、数時間程度の付き合いじゃよく分からない。
硬化が数枚吸い込まれた後、機械がペットボトルを一本吐き出した。その子はそのペットボトルを自販機から出すと、俺に差し出す。両手で。
「今日は本当にありがとうございました」
ペットボトルを両手で差し出されたことなんてあっただろうか。
「いや……まあ」
相づちにもならんよく分からん言葉をこぼし、売値の十倍くらい価値がありそうなそれを受け取る。キンキンに冷えたそれが、手の熱を溶かしていく。
「私、宮西真由です。……えっと、あなたは……」
「鷹野。鷹野、夕貴人」
そういえばお互いに名前をまだ知らなかった。
宮西さんは俺の名字を何度か小さく復唱した後、もう一度頭を下げる。
「鷹野君、ありがとうございました! それじゃ、また……!」
何度目か分からないお辞儀を受けた後、手を上げてそれを返し、一直線に家に帰る彼女を見送った。
その後、俺はスマホのマップアプリで最寄り駅にナビ設定する。日も大分傾いてきたし、自力で帰れる気がしなかったからだ。
謝礼のサイダーをゆっくり開封した後、三分の一ほどを胃へ流し込む。痺れるような炭酸と、体の芯から熱が引いていく感覚が心地よく体中に染みていった。
日常はつまらない。
けど、今日だけはそんなに嫌じゃないかもしれない、と思った。
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