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 夏の熱さがようやく手加減を始め、高校一年目も残り半分を切った。  グラウンドで部活動に勤しむ陸上部の面々を、校舎の三階から見下ろす。手のひらに載りそうなくらい小さな人間が行き来する様をぼんやり眺めつつ、俺はため息をついた。  日常はつまらない。  やりたいことはない。目の前のあいつらが陸上であるように、ひとつのことに熱意を向けられるようなものもない。将来自分が何をしたいかも分からないから、どんな職に就きたいかなんてイメージは当然わかない。  高校になれば、こんな俺でも何かが変わるかと思ったが、特別何かが起こるわけでもない。通う学校が変わっても夢のようなイベントが起こるわけがないのだ。今までの日々がそれを立証している。  それに対して、ガラス越しから見下ろすグラウンドの奴らは、俺に足りないものを持っている。顧問が何事か叫ぶ声が聞こえるが、ここにまでは届かない。全てガラスの外の、余所の世界だ。  こんな場所で、人生うまく行っている奴らを眺めていても仕方がない。どうしようもない怠さを感じながら、俺はそこから背を向けた。  いつもと変わらぬ廊下を行き、教室の横を通る。段数を覚えた階段の奥を見つめ、そこに二度目のため息をこぼした。  わざとらしく手すりに手をかけながら、二十四段ある階段の一段目を踏み出す。  何か人生が変わること――それは大げさだとしても、何か面白いことが起こらないだろうか。  大金が落ちてくるとか、天啓的なアイディアをひらめくとか、非常識なことが起こるとか。  後五段の階段を見つめ、俺は頭を振った。あんまりな考えに我ながら馬鹿馬鹿しくなったからだ。 「……あほらし」  もう考えるのはやめよう。どうせ今日も明日も変わらない。  残りの四段目に右足を落とした時、目の前を黒いものがよぎった。ぶつからないようにと本能的に体が反る。間もなく、ガン、と衝撃音。  視線の先には銀色のスマートフォン。  そのそばには、真っ二つに割れたスマホカバーがあった。可愛らしいウサギが描かれたものだったが、首から上とその下で分かれている。絵柄に似合わぬ無残な姿だ。  大金は降ってこないが、なぜかスマホが落ちてきた。  当たり前だが嬉しいという感情は一切なく、むしろ持ち主に同情するタイプの事例だ。 「うそ……」  背後から、細く小さな声が、明らかに失意の色を含んで響く。
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