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空を見上げていたら、天使が落ちてきました。
雨上がりの月曜日、僕は家を出てから空を見上げていた。
雨雲がまだ残る空は青空とは言えず、なんとなくどんよりしている。それでもグレーの雲と雲の間には隙間ができ、日の光が差していた。
「天使の梯子って言うんだよなぁ・・・。」
念のため持って来ている傘をうっとおしく思いながらも歩き出そうとした時、光の差す雲の隙間から白い塊が落ちてくる。何だろう?と思った瞬間、「どいてどいてー!」という声が塊から聞こえた。
「どいてって・・・?」
どういうこと?と疑問に思った時、目の前にベシャッ!と白い塊が落ちてきた。視界に飛び込んできたのは、大きい鷹のような羽。色は真っ白。
驚きすぎて目を見開いたまま固まっていると、次に人の声がする。
「いったぁ〜・・・!!!」
声と同時に、広げられていた羽がバサバサと数回羽ばたいた。羽の生えた人間は尻餅をついた状態のまま涙目になっている。
「あの・・・これって・・・え?夢?」
状況がよく分からなくて、自分の頬をつねってみる。痛かった。どうやら現実らしい。
混乱している僕を気にかけることもなく、羽の生えた人間は立ち上がった。服まで白かった。でも、派手に地面へ落ちたにしては汚れがなかった。水溜りがあちこちにできるくらい、雨が降ったというのに・・・。
「ねぇ君!僕の姿、見えてるよね?」
羽の生えた人間が、突然僕に話しかけてくる。大きな羽は閉じられていた。戸惑いつつも返事をした。
「は、はい・・・。見えてます、よ。」
「やっぱりかぁ。僕が落ちてくるのを目で追ってたみたいだから、見えてるんだろうなぁとは思ってたけどさ。」
「それで、あなたはもしかして・・・」
「あぁ・・・まぁ・・・君たちの言葉では、天使って言うんだってね。」
ニコッと相手が笑った。とても中世的な顔立ちだったので、男か女か分からない。天使はじーっと僕の顔を見ると、何かに気づいたように「あっ!」と小さく声を上げて驚いた。
「誰かに似てるなぁって思ってたんだけどさ、君、もしかして父親の名前はヨウスケっていう名前じゃない?」
「そ、そうですけど・・・」
ドキンと心臓が大きく音を立て、呼吸が早くなる。ヨウスケ・・・という名前を聞くと、いつもこうだ。
父のヨウスケは、僕が小学生の頃に病気で死んでしまっている。父の死に目には立ち会えたが、僕には心のどこかに引っかかっているものがあった。
まだ父が元気な時、父が大事にしていた壺を割ってしまったのだ。父は笑って許してくれたけど、僕は父に壺を割ってしまったことを上手く謝れなかった。母に何回も「ごめんなさいって言いなさい」と怒られたけど、当時の僕は気恥ずかしさと、実は父は心の底では怒ってるんじゃないか?という気持ちから、ごめんなさいという言葉は言えなかった。
そのうちに父は急に見つかった病気のせいで、あっという間に死んでしまった・・・。
子供の時の出来事を思い出してしまい、顔が俯く。そんな僕に天使は言った。
「僕はヨウスケを知ってるよ。ヨウスケはいい奴だ。でもずっと、息子の心配をしていたよ。」
「・・・え?」
顔が上がった。目の前の天使がニコニコと笑っている。
「壺のことはもう気にするな。本当に怒ってない・・・って、言ってたよ。」
心臓がおかしくなりそうなくらい、ドクドクと音を立てている。この天使は一体、何をしに来たんだろう?本当にただ、落ちてきただけ?
「さて・・・と。じゃあ僕、そろそろ帰るよ。こう見えても忙しいんだ。」
天使は高い空を見つめ、白い羽を大きく広げる。今にも飛び立ってしまいそうな時、僕は声を絞り出して「待って!」と叫ぶ。ちらっと天使がこちらを見た。
「あの・・・!もし父に会うことがあったら伝えて下さい!壺を割ってごめんなさい。もっと早く謝りたかった。お父さんが生きてるうちに、謝りたかった・・・って。」
言葉を紡いでるうちに、白い天使の姿が涙でぼやけてくる。本当は、全部直接父に言いたかった言葉だ。
天使が笑って、「分かった」と言ってくれた。
そのまま白い塊が羽ばたき、空高く昇っていく。気づけばグレーの雲はほとんどなくなり、青空の面積が広がっていた。
僕は目に溜まった涙を拭くと歩き出す。日が差して明るくなった世界は、まるで自分の心のようだった。
早足で駅へと急ぐ。天使が落ちてきたせいで、いつもより駅に着くのがかなり遅れてしまっていた。
「あー、こりゃ絶対遅刻だわ〜。」
腕時計をちらっと見て駅に飛び込むと、なにやらざわめきと人だかりがあった。ただならぬ様子に眉をひそめながらも、人が集まっている場所に行く。駅員が拡声器でアナウンスをしていた。
「列車の事故により、只今運転を見合わせています!復旧のめどは立っていません!」
列車事故?僕は隣にいた人を捕まえて話を聞いた。
「あの、何が起きたんですか?」
「あぁ。8時10分発の電車が事故にあって、何人か死傷者が出てるらしいんだよ。」
「え・・・8時10分発の電車が・・・?」
「そうだよ。いやぁ・・・その電車に乗らなくてよかったよ。」
隣の人はそう言って去っていく。僕は呆然としていた。8時10分発の電車は、僕がいつも乗ってる電車だ。
さっき、僕の目の前に天使が落ちてこなければ、僕はこの電車に乗っていた・・・。ぞくっと寒気がする。
「あの天使は本当に、偶然僕のところに落ちてきただけ?」
それとも・・・?
寒気で震える体を丸めながら、僕はただずっと、人々のざわめきの中に身を置いているのだった。
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