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堂園の妻は専業主婦だ。三十三歳。干支ひとまわりほども年齢差のある堂園夫妻には子供がいない。堂園は確かに罪深い男だが、仮に子供がいたとしても子供に罪はない。堂園に子供がいたとしたら走入は心が多少なりとも痛かったであろう。しかし堂園に子供がいないとなると、もはや手加減は無用であった。走入は堂園の精神に壊滅的な打撃を与えるべく破壊工作に工夫を凝らした。 堂園の妻の箪笥から下着を抜き取った。いっぺんに何十枚も抜き取ったのでは怪しまれるから、特に印象的でもない平凡なデザインの下着を盗み出し、それを堂園の書棚の裏に入れておいた。同じ場所には禁断のロリコンヌード写真集が仕込んである。妻の下着と少女ヌード写真集。意味不明な組み合わせだが、堂園の妻が堂園に対して嫌悪感を懐くには充分すぎるほどの威力があるはずだ。男と女の仲を引き裂くには理屈などいらない。ただ不気味な印象を醸し出しさえすればそれでいい。女は頭脳ではなく子宮でものを考える。子宮が男を拒絶し始めたら夫婦関係の終わりは近い。走入はかつて中学生だったとき、堂園の罠にはまって下半身を露出させられ、担任の女教師から無視された挙げ句女子生徒たちからゴキブリ扱いされて青春を暗闇の中で過ごした。今度は堂園がゴキブリとなって暗闇の中でもがき苦しむ番だった。 堂園の書斎に危ないカルト本を仕込んだ。おぞましい児童ポルノ本を仕込んだ。妻の下着を仕込んだ。妻の部屋に覚醒剤の使用済みのパケを仕込んだ。まだまだだ。こんなものではまだ足りない――孤立だ。孤立させるのだ。近所の住民たちから堂園夫妻を孤立させる。公安警察官である走入にとって、その方法は赤子の手を捻るよりも簡単だ。 町内中の家を一軒一軒訪ねて歩いた。警察手帳を提示して、A県警本部から来たことを語った。警察庁警備部警備企画課の命令系統に列なる公安警察官である走入は、名目上はA県警に属しているからA県警の捜査員のように振る舞ったとしても、それは決して嘘ではない。訪ねて回った先で応対に出て来たのが主人ではなく主婦のほうならしめたものだ。応対した主婦に対し、走入は特に込み入ったことは訊かない。 警察手帳のバッジと顔写真を示して偽警官でないことをハッキリわからせた上で、「堂園さんのところのご主人についてお訊きしたいのですが」と切り出すのだ。この一言で大抵は「あそこのご主人、何かなさったのですか」と興味を示す。走入はそれに対しては敢えて言葉を濁して何も答えず、「堂園さんのご主人に変わった様子はありませんか」とだけ言う。そもそも堂園は今現在は会社役員として真面目に暮らしているのだから変わった様子などあろうはずもないのだが、これが意外と効くのである。走入は敢えて嘘八百を並べ立てることなく、ただ礼を言って次の住民宅を訪問する。次の訪問先でも警察手帳をしっかりと見せて同じ問答を繰り返す。 走入が近所一帯を聞き込みして歩いてから三日もすると、付近の専業主婦たちが堂園の妻を遠目に見ながらヒソヒソ話に興じるようになった。堂園の妻はわけがわからぬまま地域住民たちから孤立を深めていった。
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