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「どうだね?」 十六時から監視を担当するエス〈二号〉に尋ねてみる。 監視部屋には五つの液晶モニターが設置してある。それぞれの画面には監視対象の堂園の屋敷の各部屋の映像が映し出されている。堂園の屋敷の内部の各所には監視カメラと盗聴マイクを仕掛けてある。監視は目視だけに頼らない。常識である。公安警察は国家の安全を脅かす不逞の輩を監視するためなら何をやってもいいのである。かつて若気のいたりで中学時代にイジメ行為に手を染めてしまったものの、社会人として独り立ちした後は温厚実直で誰からも慕われる善良な会社役員へと変貌を遂げた男は、公安警察がファイルした書類の上では拳銃強奪を目的とした交番襲撃とA県知事殿田三郎暗殺および核燃料廃棄物処理施設爆破を画策する超危険人物に仕立て上げられていた。 「ちょうど良かった。ついさきほど動きがありましたよ」 二号がモニターのひとつを指した。 「もう静まり返ってますが、堂園が珍しく早めに帰宅した直後に、夫婦で一悶着ありました」 二号は笑っている。 「走入さん、書棚の裏にロリコン本とパンティを仕込んだじゃないですか。あれを嫁さんが見つけて、堂園と大喧嘩ですよ」 「で、どうなったのだね」 「どうもこうもありませんよ。旦那は何も知らんの一点張り。嫁さんはヒステリックに泣いて騒ぐし、大変でしたよ。嫁さんは着替えてどっかへ出掛けちゃいました」 時計を見ると十九時だった。 「堂園の妻が出掛けたのはいつだ」 「十八時五十五分ちょい過ぎ。本当についさっきですよ」 「堂園はどうしてる?」 「台所の割れた皿やなんかを片付けているみたいっすね」 「嫁は歩いて出掛けたのか」 「ええ」 「よそ行きの服装をしてたか」 「泣き叫んだわりには、それなりにめかし込んでました。繁華街に行くような格好でしたね。だとしたら、まだその辺のバス停とかにいるんじゃないすか」 エス〈二号〉の言ったとおりだった。走入がバス停に駆けつけてみると、短いスカートからむっちりした太ももを伸ばした堂園の妻が不貞腐れた顔に赤い唇を尖らせながらバスが到着するのを待っていた。A県では都心と違って鉄道は住民の足としては機能していない。自家用車を運転しない者はバスを頼るしかない。しかしこのバスというものがくせ者なのであった。都心の地下鉄と違って時刻表がスカスカなのだ。待てど暮らせどなかなかやって来ないのである。だがそのお陰で走入は堂園の妻を見失わずに済んでいる。 走入は堂園の妻から少し離れて立ちながら、路線バスの到着を待ち続けた。
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