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堂園の妻の向かった先はやはり繁華街であった。堂園の妻は夜光虫のように妖しく光るホストクラブの看板を見つめながら、店に入ろうか入るまいか散々迷った末に、意を決したようにひとり頷いて店の中へと消えた。
ホストクラブというものは男性ひとりが客として足を踏み入れることが出来ない。多くの店は女性同伴であれば男性も客として受け入れてはくれる。女性を伴ってさえいれば走入も辛うじて尾行が継続可能なのだが、部下の青井恵梨香を呼びつけてまでしてホストクラブの客となって堂園の妻を監視することにさほど意味があるとも思えなかった。
堂園の妻に対する尾行はもはやここまでだ。断念するしかない。ともかく堂園の妻は日を追う毎にホスト遊びというものに夢中となってゆく。ホストたちは夜空に巣を張り巡らせる毒蜘蛛だ。遊び馴れぬ蝶を絡め捕って体液を一滴残らず吸い尽くす。いずれ堂園の妻は多額の借金を抱え込む。返済のため売春に手を出してヤクザの手に落ちる。堂園が築き上げた家庭は本日を境に崩壊するのだ。走入は口の端を歪めて声を出さずに笑い、踵を返した。
まだだ。まだまだ。怨みの渦は止めどなく回り続けている。堂園に対する復讐はこんなものでは終われない。
走入はエス〈一号〉に電話を入れた。
「君のコレクションを何冊か譲って欲しいんだが」
一号には特殊な性癖がある。十歳にも満たぬ幼い少女にしか性的興味を示せないのだ。一号が走入のエスに身を落としたのもこの特殊な性癖がそもそものきっかけであった。
喫茶店で一号と待ち合わせして、デパートの紙袋の中に無造作に突っ込まれたロリコン写真集を受け取った。紙袋の中には十冊の写真集があった。走入は経費ではなくポケットマネーから対価を支払った。一冊あたり一万円。計十万円。非合法のポルノは麻薬と同じだ。高くつく。自腹。あまりにも苦しい出費だが、堂園を破滅させるために必要な小道具だ。やむを得ない。それにしてもカネがない。金庫の中身がスッカラカンだ。警察から支給される経費は完全に底を突いていた。警察は公安に限らずどこの部署でもそうなのだが、上から下へと経費が降るとき、段階を経るごとに間引きされて支給額が減ってゆく。それが現場で働く末端に辿り着く頃には有り得ないほどの少ない額と成り果てるのだ。どうしても足りない分は現場の人間が自腹を切ることになる。走入は交通費を切り詰めるため、児童ポルノ写真集が入った紙袋を提げて徒歩で監視部屋を目指した。一時間ほどかけてようやくたどり着き、二号と共に監視モニターを覗きながら監視スピーカーに耳を傾けた。堂園はどうやら居間でやけ酒して眠り込んでしまったらしい。
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