21人が本棚に入れています
本棚に追加
「小道具を仕掛けてくる」
小道具――児童ポルノ。今度仕込むのは昭和五十七年に発行された九歳女児のヌード写真集だ。十九歳ではない。九歳。小学生である。嘘のようだが、昭和の頃はこの手の写真集が飛ぶように売れていた。昭和当時はこの手の書籍は非合法ではなく、町の普通の本屋で当たり前のように売られていたのだ。
「そんなもんをまた堂園の嫁さんが見つけたら、今度こそ間違いなくアウト。確実に離婚ですよ」
「そのために高いカネを払って道具を仕入れたんだ」
走入はピッキング用具とロリコンヌード写真集を小脇に抱えて立ち上がった。
「もしも堂園が目覚めたり、嫁さんが帰ってきたらすぐに着信を入れてくれ。潜入を中断するから」
堂園宅の玄関の鍵は開けっ放しだった。走入は苦もなく玄関の扉を開けて侵入を果たし、書斎を目指した。
本棚には原爆の作り方を解説した本や要人暗殺のマニュアル本、それにヒトラーの著書である我が闘争などがそっくりそのまま残っていた。しかし本棚の裏に仕込んでおいた小学生女児のヌード写真集と堂園の妻の下着は無くなっている。その同じ場所に、先ほど仕入れたばかりの九歳女児のロリコンヌード写真集を仕込んでおいた。さらに走入は遊び心を発揮。堂園の妻の箪笥の中からTバックの下着をピックアップ。それをやはり本棚の裏に仕込んでおいた。ついでに盗聴器や盗撮用カメラのメンテナンスも一通りこなしておいた。どの機器もまだ堂園にはまるで気づかれていない。
居間の辺りから堂園のいびきがやかましく鳴り響いている。かなり泥酔しているようだ。走入は足音を殺しながら居間の扉をわずかに開けて中の様子を覗いてみた。案の定だが堂園は前後不覚になって眠りこけている。抜き足差し足で近づいて尻の辺りを思い切り蹴り飛ばしてやりたい衝動と必死に戦いながら、走入は何食わぬ顔をつくろって屋敷を後にして、今回の潜入を終えた。
二号が作業を終える時間が来たから二号を帰し、三号が来る深夜までの一時間の監視作業を走入はひとりでこなした。
三号が作業についた深夜ちょうど。堂園の妻がタクシーで帰宅した。堂園に負けず劣らず泥酔している。
「マトリさん方、よろしければお夜食をどうぞ」
監視部屋を提供してくれている家主の奥さんが気を利かせて焼きそばを二皿とジンジャエールをふたり分持ってきてくれた。家主一家は走入とエス一号二号三号の四人を厚生労働省麻薬取締官と本気で信じているのだ。
「マトリさんの好きな焼きそばですよ」
奥さんは繁華街にカラオケスナックを一軒持っている。だから老人にもかかわらずこの時間にはだいたい起きている。
「やあ、ありがたい。ちょうど腹が減ってたところです」
走入と三号はジンジャエールで喉を潤しながら、有り難くソース焼きそばを戴いた。スナックのママさんだけあって、さすが料理が巧みである。美味であった。
「堂園さんの旦那さんはどんな種類の麻薬を隠し持ってるんですか」
家主の奥さんが訊いてくる。「麻薬を本当に隠し持ってるんですか」ではなく「どんな種類の麻薬を隠し持ってるんですか」と来たか。走入は吹き出しそうになるのを必死で堪えながら真顔を維持した。
「これは極秘ですから決して他言無用に願います」
奥さんが、餌を鼻先に吊るされた可愛い子犬のような愛嬌あふれる顔をずいと近づけた。若い頃は相当モテたであろうと走入は思った。
「実は覚醒剤の使用が疑われるのは堂園さんのご主人ではなく奥さんのほうだったのですよ。内緒ですよ。くれぐれも他言なさらずに」
噂は猛烈な早さで広まった。数日を経ずして、「堂園さんの奥さんが覚醒剤で摘発されるのは時間の問題」との噂を町内で知らぬのは、もはや堂園とその妻のふたりだけとなってしまっていた。
最初のコメントを投稿しよう!