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堂園は妻との別居を経て正式に離婚届を提出した。憂さ晴らしがしたかったのだろう。堂園はマッチングアプリで出会った未成年の少女と待ち合わせしてラブホテルへと向かい、その入り口の辺りでチンピラふうの男に呼び止められて暗がりに引きずり込まれた。未成年の少女は煙草をふかしながら薄ら笑いを浮かべて一部始終を見守っていた。一部始終を見守っていたのは美人局の少女だけではない。その少し離れた場所で神の視点に立った走入が、暗い悦びにわくわくと胸を踊らせながらすべてを見守っていた。 走入はすべてを見守りながら、中学生の頃の辛く重く苦しい記憶の糸を手繰り寄せる。 同じクラスの沢村蛍子から手紙をもらった。手紙には愛の告白が記してあった。体育館の裏で返事が訊きたいとも記してあった。信じられなかった。堂園によって陥れられ、パシリにまで身を落とした自分が女子から告白などされるはずもない。こんな悪戯にまんまと騙されるほど走入は愚かでなかったし、それほど単純でもなかった。走入は手紙を無視した。しかし昼休みも終わりに近づいた頃、隣のクラスの担任だった男に声を掛けられ、走入の気持ちは揺れたのだった。 「おい、走入。沢村蛍子が体育館の裏でおまえをずっと待ってるぞ。行かなくていいのか?」 隣のクラスの担任は二十代半ばの若い男であった。その男の言葉に背中を押され、走入は体育館の裏へと急いだ。指定された場所に沢村蛍子の姿はなかった。不思議に思い、辺りをキョロキョロ見渡したその瞬間だった。走入は突然頭から冷水をぶっかけられて膝から崩れ落ちたのだった。走入はすべてを悟ったのだ。堂園は大人さえも味方につけている。そんな堂園に対して戦いを挑もうにも絶対に勝ち目などない。走入は愕然となって嗚咽した。 涙と鼻水がごちゃ混ぜになった顔を上げてみた。体育館の二階の開け放った窓から堂園たちのグループが顔を出して笑っていた。堂園の手には便所掃除用の青いバケツが揺れていた。 過ぎたことだ。終わったことだ。だが走入の中ではまだ終わっていない。屈辱は三十年が経過した今もまだ続いている。堂園にとっては楽しい悪戯の思い出なのかも知れない。だが走入にとっては竹槍で肛門から口腔までを串刺しにされて見せ物にされたような絶望的な悔しさが精神に焼きついてそれは死ぬまで消えることはない。走入は美人局の男女と堂園を見つめている。 「おっさん、変な夢みてんじゃねえよ。家に帰って白髪の本数でも数えてな。ほら、有り金ぜんぶ出しなって」 美人局が言った。 堂園は美人局のチンピラに身ぐるみ剥がされた上で足腰が立たなくなるまで殴り付けられ、路地裏のゴミ箱に尻を突っ込んで動かなくなった。 美人局の男女ふたりが、堂園から奪い取った札びらを数えながら意気揚々と引き上げてゆく。走入は美人局のふたりを逮捕することなくわざと見逃した。 「堂園、久しぶりだな」 走入は堂園に近づいた。堂園に反応はない。気絶しているのだ。 「どうしたね。懐かしすぎて、感無量で、声も出せないか」 走入はデジタルカメラを取り出した。 「俺たちの再会を祝して、記念写真といこうじゃないか」 ファインダーの中に堂園を収める。 「さあ笑えよ。どうした、笑わないのか。俺は笑うぞ。面白くてたまらんからな」 シャッターを模した電子音が、裏路地の湿った空気に溶けた。かつての同級生の現在の姿をありとあらゆる角度から撮影してゆく。 「久しぶりに腹の底から笑わせてもらったよ。面白かった。おまえは会社役員なんかよりも喜劇役者がお似合いだ。今度生まれてくるときは芸人にでもなるといい」 撮影した画像データを、アジトでさっそくプリントアウト。堂園が常務取締役を勤める会社の要職につく面々に郵送した。差出人名義は堂園晃本人。写真を受け取った連中にしてみればまるで意味不明であろうが、ともかく会社内における堂園の立場は大きく揺らいだ。走入は間髪を入れず、堂園の書棚を撮影した写真も同じようにして会社の役員たちに郵送しておいた。書棚には原爆製造法や暗殺ハウツー本やロリコン写真集といった禁断の書籍がずらりと並んでいる。 堂園は何がなんだかわからぬうちに会社内で孤立を深めていった。妻にも出てゆかれ、寂しさとイライラから逃れるべく酒に溺れ、仕事も休みがちになった。堂園はついには無精髭を剃る気力もなくなり、髪は艶を失いボサボサ。もはや常務取締役どころか路上生活者が分不相応な背広を着て歩いているようにしか見えない。
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