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終焉のときは近いと思われた。堂園が名声を失い、死に体となった今、走入もまた終焉に向かってまっ逆さまに落下しつつあった。走入は夜毎悪夢にうなされるようになっていた。中卒の肉体労働者として絶望的な毎日を送っていた十六歳の走入に救いの手を差し伸べてくれた橋本巡査が毎夜夢枕に立つ。橋本巡査は決まって悲しげな目を向けて消え入りそうな声で語るのだ。
「君はこんなことをするために警察官になったのかい」
目覚めると、走入の全身は冷や汗にまみれている。悪い予感に押し潰されそうな毎日。
走入の悪い予感は現実のものとなった。エスたちと連絡がつかなくなった。走入はエスたちに支払うギャラの捻出が出来なくなっていた。カネの切れ目が縁の切れ目というわけだ。エスたちの逃亡先を突き止めるのは不可能ではないが、そんな余力は走入にはもはや残されていなかった。
監視部屋を引き払うときが来たようだ。
監視部屋を供出してくれていた老夫婦には、通常の礼金の他に感謝の思いを込めて金一封を差し出した。このための資金は闇金をハシゴして捻出した。走入は監視部屋を引き払い、老夫婦に別れを告げた。老夫婦は最後まで走入を厚生労働省麻薬取締官と信じて疑わなかった。
A県警管内で小学生女児霧島のどかちゃん八歳が行方不明となった。のどかちゃんが不明となって五日が過ぎてからようやく県警は重い腰を上げて公開捜査に踏み切った。
霧島のどかちゃんの行方は依然としてわからないのだが、県警捜査一課は堂園晃を重要参考人として厳しく取り調べている。堂園晃常務取締役のキワモノ書棚の写真を郵送された重役が県警に情報提供をしたのが決め手となった。警察は堂園の自宅の家宅捜索に踏み切り、多数のロリコン写真集を押収。まずは児童ポルノ禁止法違反で別件逮捕してから、小学生女児行方不明事件の重要参考人として連日連夜取り調べているのだ。マスコミは堂園晃を事実上の犯人として実名で報道している。堂園晃は生きた屍となった。この先いずれ遠からず堂園の無実が証明されるときが来るのであろうが、一度失った名誉が元通り回復することはない。堂園は常務取締役を解任され、女児行方不明事件の被疑者となったのだ。堂園は終わったのだ。
走入は民間企業に偽装したアジトから、窓の外にひろがる海沿いの景色を眺めている。
ひとつだけ納得し難い事実がある。堂園晃に関してではない。エス〈一号〉に関してである。エス〈二号)と〈三号〉が遁走したのは理解できる。ギャラを支払えなくなったからだ。公安のエスといえども餌を与えられずにパシリ続けてくれるはずがない。あのふたりが消えたのは当然だ。だが走入は一号だけにはギャラを支払っていたのだ。支払いが数日遅れたとしても、一号だけには確かにギャラを手渡していた。それに一号は他のふたりのエスと違い、カネには不自由していない。これまでにもギャラの支払いが遅れたことはあったが、一号はギャラに関して不平を述べたことはなかった。走入は念のため一号の自宅を訪ねてみた。一戸建て。借家ではない。一号の持ち家だ。一号は四十代独身。婚姻歴はない。エスとなった切っ掛けは特殊な性癖。小児性愛。
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