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誰かが駆け寄って来る。ふいに現れたその誰かがベビーカーを助け起こした。救いの手を差し伸べたのは四十代も半ばほどの中年男だった。どうやら集会の参加者ではないようだ。通りすがりの者であろう。男は主婦に手を差しのべ、起き上がるのを手助けしてやっている。男の顔が見えた。あの男だった。走入益世にとって生涯忘れられぬ顔。見間違えようもない。堂園だ。あの堂園だった。走入はカメラのレンズを堂園に向けた。だが蜂谷と青井の背中が邪魔となって、走入の位置からは堂園を上手くファインダーに収められない。
「あいつを撮影しろ!」
走入は声を荒くしていた。蜂谷と青井が驚いた様子で走入を振り返った。無理もない。部下の前で怒鳴り声ひとつ上げたことのない仏の班長、走入警部補が絶叫しているのだ。驚かないほうがどうかしている。
「ベビーカーを起こしたあの中年だ。あいつを撮影しろ!」
蜂谷と青井が堂園にカメラを向け、あらゆる角度から撮影をした。かつて中学生だった頃、走入益世をパシリとしていいように使い倒し、高校受験失敗にまで追い込んだ堂園。思いがけぬ再会。走入益世は全身の血液が逆流しそうなほど興奮しているのだった。
堂園晃。県立高校を卒業した後は東京の私立W大学に進み、そのまま都心の大企業に就職したと噂に聞いていた。それが今なぜか地方にいる。これは調べてみるべきであろう。
中学三年生の記憶がふいに甦る。体育の授業が終わり、体育館から一足早く、男子だけが教室に戻っていた。
「ジャンケンだ。ほらみんな参加しろ。パシリマスヨもこっち来いよ」
堂園が教室の片隅で男子を片っ端から呼び集めている。走入は気が進まないながらも輪の中に加わった。
「負けたやつが女子たちの前でズボンを下ろすんだ」
堂園が声変わりしたてのヤンチャな声を上げる。ズボンを下ろすと聞いて、男子たちは皆一様に怖じ気づいた。もちろんそれは走入も例外ではなかった。当時の走入はいじめられ癖がしみついていたせいか、年がら年中怖じ気づいていた。
「勝てばいいんだから。それにパンツまで下ろせとは言ってねえよ。ほら行くぞ。最初はグー」
勢いに飲まれてしまい、走入はジャンケンに参加してしまっていた。十人の拳骨が一斉に前へ突き出された。
「ジャンケンポン」
走入だけがパー。他の九人はすべてがチョキであった。走入のひとり負けであった。
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