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県庁前広場に集結した市民たちの顔写真とプロフィールをファイルに収め終えた時点で、本日の作業ノルマを終えた形となった。以後は定時まで班員たちの自由裁量によるそれぞれの作業に取り組んで時間を過ごすことになる。刑事警察と違い、公安警察は仕事を捜査とは呼ばず作業と呼ぶ。
走入は窓の外にひろがる海沿いの街のごちゃごちゃした景色を眺めてから、視線を窓の内側へと戻した。窓に貼りつけた白いカッティングシートが北西村産業の文字を形作っている。北西村の村の木の部分の下側がわずかに剥がれかけている。北西村産業は走入班が偽装のためのアジトにしている幽霊会社だ。オフィスには固定電話が一回線引いてあるが、その電話が鳴ることは滅多にない。公安警察の総本山である警察庁警備局の下部組織である警備企画課の理事官である佐藤警視正との連絡は携帯電話によって執り行う。
全国の公安警察(警視庁本部では公安部として警備部から独立しているが、全国の県警本部では警備部が公安警察としての役割を果たす)は、警察庁警備局警備企画課が一括して指揮下においている。例え県警本部長や警察署長といえども、公安警察官に対しては命令を下して動かすことが許されていないのだ。そもそも公安警察官というものは県警本部や警察署に机があってもそこに出勤することはほとんどない。公安警察官は民間企業に偽装したオフィスをアジトとして活用するのである。だから公安警察官は同じ警察官であっても一般の警察官たちにはほとんど顔をさらさない。
「青井、作業を頼まれてくれるか」
走入は窓際に置いた自分の席に、まだ若い女性警察官を呼んだ。青井恵梨香は手にしていた市民たちの顔写真を置いて立ち上がり、靴音を鳴らしながら走入の元に歩み寄った。
走入の机には先ほど県庁前の広場で隠し撮りしたばかりの堂園晃の写真が並べてある。
「この人物の、大学卒業後の足跡を調べてくれ」
「大学卒業以前は?」
「必要ない。欲しい情報はこの人物が社会人になってからのものだ」
「わかりました」
「ちなみにこの人物は私の中学時代の同級生だから氏名はわかっている。堂園晃。四十五歳あるいは四十四歳。県立H高校を経てW大に進学。堂園は私と同じH市の出身だ。調べて欲しいのは大学以降の経歴と素行だ。くどいようだが、大学以前のことは調べなくとも良い。なにか質問はあるか」
「この作業は、新人である私の調査能力を見極めるための試験ですか」
「そう受け止めてくれてかまわない。他に質問は」
「ありません」
「よし。さっそく作業に取りかかれ」
青井は一礼して彼女自身の作業場に一旦戻り、先ほどまで眺めていた市民たちの顔写真を片付け始めた。それから余計な装飾のないすっきりしたデザインのハンドバッグを手にとって、オフィスの外へ出て行った。
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