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青井恵梨香に調べさせた堂園の住所を頼りにしながら、堂園の自宅を訪ねてみた。
閑静な新興住宅街であった。界隈に立ち並ぶ家屋はどれも真新しく清潔で、そして立派であった。走入は自分が生まれ育った築五十年の風呂も便所もない安アパートを思い出して怒りに全身を熱くした。
青井恵梨香の調べによると、堂園はW大を優秀な成績で卒業した後は大手食品メーカーに就職。役員にまでのぼりつめた。入社から勤務地は一貫して都内。会社から優秀な人材と認識されていたことが伺える。しかし堂園は今から二年ほど前に社長の座をライバルと争って敗北。子会社の常務取締役としてA県A市に赴任して来たのだった。要するに体のいい島流しである。走入は県庁前広場で見掛けた堂園の姿を思い浮かべた。堂園の背中には、戦いに負けた企業戦士の悲壮さはさほど滲み出ていなかった。A市は冬になると雪深くて多少の不便を強いられるとはいえA県の県庁所在地だし、堂園と走入の出身地であるH市とはクルマで一時間半の距離だ。堂園にとっては島流しとしての実感に欠けるのだろう。それにわざわざ自宅を購入しているのを見ても、堂園はもはや本社に戻るつもりはつゆ程にもなく、この地に骨を埋める覚悟であるのは明白だった。走入は口の端を歪めて微かに笑った。いいだろう、堂園。俺が貴様に引導を渡してやる。
堂園邸に対する走入の監視は今日でちょうど一週間に及んだ。部下である班員たちには極秘の作業に取り掛かっていることだけを告げ、市民運動の監視作業は副班長の蜂谷巡査部長に指揮を一任した。
走入は堂園の自宅を一望できる家屋の持ち主に協力を求め、二階の四つある部屋のうちのひとつを供出させている。家の者には厚生労働省麻薬取締官を名乗った上で、「堂園夫妻が合成麻薬の常習者であると情報提供があったので監視する必要がある。礼金として厚生労働省から一日あたり二万円が日払いで現金支給される。麻薬撲滅のため是非とも御協力願いたい」と吹き込んで二階の一部屋を監視部屋とすることを快諾させた。とはいえ走入の身体はひとつだから、二十四時間体制で監視作業にあたるのは不可能だ。だからエスを三人ばかり召集した。四十代自営業の〈一号〉と、三十代フリーターの〈二号〉と、同じくフリーターの〈三号〉だ。エスとはスパイを指す警察用語である。三人のエスは走入が育てた。市民運動の参加者の中から他人に言えぬ弱みを持つ彼らを選んで脅し、手懐け、永い年月をかけて優秀なエスに仕立て上げたのだ。三人のエスは走入に対して極めて忠実だ。ただし、それは日当がきちんと支払われていればこその話だが。
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