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ペンネーム
『女王のマントと暗闇 マントと暗闇の旅の始まり』
背表紙にそう書かれた、色調豊かで可愛らしい絵が描かれた絵本を埃ひとつ無い本棚に戻す。
この絵本の第1作目だ。
ひとつひとつ読み切りで、3作目まで刊行され、まだ続きが出そうなほど大変な人気作だったのだが、絵を担当しているロクが事故に遭った為、頓挫したのだ。
『なんで、ペンネーム、ロクって付けたんだ?』
『禄でもない、何の意味も無ぇからだ』
『そうでも無いぜ、だってこんなにも、この俺を魅了してんだから、誇りに思えよ』
『そうかよ。だったら……』
「せい…先生っ、エゲン先生っ!」
「あ?あー、悪い悪い、なんだって?」
「げ、ん、こ、う、出来ました?」
「もっちろん、とっくに出来て本棚整理してたとこ。…ほら」
渡した原稿を大切そうに抱えた担当は、
「だったら、次からはせめて連絡のひとつくらい頂きたいのですが」
「ごめんごめん、次は必ず」
「いつもそう言ってますね。因みにこれもいつも言ってますが、玄関の鍵を開けっ放しにしていると危ないので締めたほうが良いですよ」
「あー、インターホンにいちいち応答すんのが面倒だし、集中してたら気付かねぇしで、つい開けちまうんだよ。それに俺だって男だからいざ泥棒が来たら戦うから、大丈夫だって」
「エゲン先生は大丈夫だとしても、大切な原稿達に何かあったらどうするつもりですか?私は渡して頂いた原稿に何かあれば腹を掻っ捌くつもりですよ」
「そ、そこまでする必要ねぇって」
「まあ、それもこれもエゲン先生がパソコンで書いて下されば何も問題は無いんですけどね」
「もうオジさんには、若い人達の文明に着いて行くのは無理なんだよ」
「何言ってるんですか、まだ三十代前半でオジさんなんて言っていたら、鬼の女傑編集長にシバかれますよ」
「そりゃあ想像しただけで恐ろしくて、次回作は猟奇的サスペンスホラー小説書けそうだ」
「なにそれ、凄く読んでみたいです。俄然、編集長に連絡したくなりました」
「すみません、やめてくださいませ」
「とりあえず、それはエゲン先生がまたスランプに陥った時の最後の手段として。そういえば、エゲン先生みたいに未だにアナログらしいですよ。彼も」
「ああ、無理だろうなぁ、頭お堅いし。けど、若くて賢くて可愛い奥さん居るんだから何とかなるだろ」
「だと……良いですけど」
「あ?アイツに何かあったのか?」
「いえ、作家のプライバシーは本人に聞いて下さい。では、私は仕事があるので帰ります。仕事の出来る男は忙しいので。戸締りは……そろそろ良いんじゃ無いですかね。では、くれぐれも無理しないで、お仕事頑張ってください」
「あっ、おいっ」
素早い身のこなしで去っていった。
「そろそろ良いって、そろそろ暗くなって来たから鍵閉めた方が良いって事か?」
仕事部屋を出て、下の階に降りて行く、玄関の扉の鍵を閉めようと手を伸ばしたら、扉が外側へと開いた。
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