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お前とは仕事しない
「おわっ……」
鍵を閉めようとしていた手はそのままに、驚いていると、侵入者は口を開く。
「あ、すまん。あんたの担当がさっさと入れと言うもんで」
「……ロク」
からからに乾いたように掠れてしまった声を、相手はちゃんと聞き取れたらしく、
「ああ、良かった。覚えていてくれたのか」
瞳には安堵の色だけが浮かんでいた。
忘れてんのはそっちだろう。
開きかけた口は、そうは言わず、代わりに
「で?数年ぶりにウチの小鬼担当とグルになって押し入って来た理由は何だよ」
と玄関以上に入れるつもりは無いとばかりにその場で用件を尋ねた。
「あんたと、もう一度組みてぇと思って」
「はあ?嫌だね、俺は忙しいんだ。お宅だってそうだろ?俺ほどじゃ無いけどそれなりに売れてんだから。要件がそれだけなら回れ右して帰りな。俺は二徹明けで疲れたから寝るんだよ」
言いながら、エゲンも回れ右してロクに背を向けさっさと部屋に引き返そうとする。
「絵本はどうした?」
寝るなんて言い訳でこの男から逃げる気持ちでいたのに、身体はその場で凍りついてしまう。
「絵本?さあ、俺はもう、絵を描く奴とは組んで無いんでね」
平静を装い過ぎていっそ冷淡な口調で返す。
顔は見られたくなかった。冷や汗が浮いて蒼白くなって、みっともない事になっているだろう。
「俺達の絵本のことだ」
「ああ?ありゃあ、一冊毎に完結してんだから、あれで終わりでいいんだよ。忘れちまった?ああ、お前さんは何もかも忘れちまってんだっけ。悪い悪い」
「終わってねぇだろう。俺の手帳にはハッピーエンドになる予定だとメモってあった。マントは未だ女王のもんだ」
「一緒に旅してんだから、暗闇の手元に居るだろ」
「ある、だけだ」
苛立ちが込み上げたが、吸い込んで溜息にして吐き出した。
色んな事を忘れても、こういう厄介な所は変わらないのだこの男は。
普段、エゲンのお喋りを相槌を打つくらいで黙って聞いているくせに、譲れないものになったら頑固だし、何よりああ言えばこう言う奴になる。
クルッと振り返って、家主の進入許可がない為律儀にも未だ靴も脱いで居ないくせに、足首から上だけは今にも上がり込みそうになっているロクへと、失礼ながらも人差し指を指して聞き分けない幼児に言い聞かせるように噛んで含んで言う。
「俺はもう、お前とは仕事しない」
「しないって事は、やっぱり終わってないんだな」
言葉を扱うプロよりも屁理屈だって上手くなるのだ。
「言葉っ尻を捉えて返すような真似をするなよっ。嫌らしい奴だな」
敢えて喧嘩を売るような言い方をして、怒らせて帰そうとするが、エゲンの前の屁理屈野郎は灰色の髪の隙間から飼い主に置いてかれた犬みたいな焦茶色した目で訴えてくるのだ。
「……頼む、俺と組んでくれ」
声に出して訴えてきた。最悪だ。
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