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残念ながらお前と一緒
「あー、もー、疲れた。とりあえず座ってあったかいミルクでも飲みたいから、まだなんか喋るつもりなら勝手に付いてくるなりすれば」
いい歳をした男が、自分より年上のいい歳をした野郎に、なんて甘いのだろうとは思う。
昔から口では勝てたとしても、あの目をされたら駄目なのだ。
客人扱いしていない為、ソファを勧める事無く、しかし一応2人分の飲み物を入れて、どかっとソファの真ん中に座る。
「ほらよ」
飲み物を渡してやると礼を言って受け取り、テーブルの横に座って飲んだ。
エゲンもレンジで数秒温めたミルクを飲む。
「どうして俺は、お前の事を忘れちまったんだろうな」
「あ?んなもん、仕方ねぇだろう。俺と出会う前の記憶しか無いんだから。ま、どうせお前と俺は仕事の付き合い程度なんだから、気にしたもんでもねぇよ」
「けどよ、俺が氷入れた麦茶しか飲まねぇって知っているくれぇの仲なんだろ」
手の中のグラスを揺らし、カラッと氷を鳴らして言う。
「知るかっ、他に入れんのが面倒だっただけだ。それより仕事の話をしろよ。でなけりゃあ、寝るぞ俺は」
「これを見てくれ」
ロクはドサっと持っていた紙袋をエゲンの座るソファに放った。
カップを置いて袋から中身を取り出して見た。
全く期待はしていなかったが、相変わらず、他人の家を訪ねるのに菓子折りひとつ持って来るくらいの気遣い皆無な男だ。
エゲンや野郎全般に対してなのか、彼女に対して以外はなのかは、解らないが。
あの頃は、ロクがエゲンの家に、もしくはエゲンがロクの家に入り浸るばかりで、他人の家に訪ねる機会は無かった。
ロクが子供の頃から知る、家同士が決めた許嫁の元を訪ねた以外。
パラパラと懐かしい手癖が所々見つかる画集を捲る。
エゲンがロクと離れている間に本棚の奥に増えた冊数と同じだけ。
持っているものは、傷まないように丁寧に捲っていたのに、指の跡や、気が付けば目から溢れたもので少しふやけた箇所もある。
どの本のどのページにどんな絵が描かれているのか全て覚えている。
覚えているが、
「……どうだ」
「好きでは無い。けど、まあ、そりゃあ俺の好みの問題で、絵としては良いんじゃねぇ?俺と組んでた時よりすげぇ上達してると思うぜ」
絵はからっきしのくせに何様だと思われるコメントを吐いたが、見る目はあると自負している。
誰よりも始めに、この男を見つけたのだから。
「全然駄目ってことか」
「いや、俺の言うこと聞いていたか?上達してるって言ってんだろ!凄く上手いって」
「好きじゃねぇんだろ」
「だから、それは好みの問題」
心の問題もあるかも知れないが。
「いいや、お前が好きじゃねぇっていうなら、それは、お前が組んでいたあの頃の俺の絵じゃねぇってことだ」
「……あー、別に良いじゃねぇか。嫁さんは気に入ってんだろ?俺ほどじゃねぇけど著名人と組ませたり、画集出させてんのは嫁さんだろ?それとも、何か言われたのか?」
「あいつは何も言わねぇし、何もわかっちゃいねぇ。興味が無いんだ。俺が絵を描いて有名になって売れれば満足だと思ってやがる」
「その為に協力してくれてんだろ?会社の経営やら家の事やら色々有んのに。良い嫁さんじゃねぇの」
これについてはエゲンとしても、よくやれるよ、と感心するばかりだ。
「……お前は?お前は有名になって売れれば満足か?」
痛い所を突いて来る。やっぱり追い出してやろうかこいつ。
書いた話は勿論、読んで欲しい。多くの人の心に物語の中でしか味わえない沢山の感情を湧き上がらせて刻み付けたい。
書く為には生きていかないとならない。生きる為には金が必要で、作家となって金を稼ぐ時間が書く時間になれば、その分多く書けるし一石二鳥だ。
じゃあ誰も読まなくなって、金にならなければ書かないのかと言われれば、他人はどうか知らないが、エゲンは書いてしまうだろう。頭の中をぐるぐる巡る次々と溢れる物語と、その中を闊歩する無数のキャラクター達を書く以外にどうすれば良いのか解らないのだ。
「残念ながらな。……お前と一緒だよ」
ボソッと呟けば、記憶を失ってから初めてエゲンに対して嬉しげに笑うロクを見た。
「だろ?全然覚えちゃいないが、お前ならそう言ってくれると思った」
一言余計だよこのバカと言おうと思ったが、やめた。
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