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春樹が亡くなった高校3年生の時に訪れて以来、私はこの場にこれまで一度も足を運んだことがなかった。
それは彼の死に耐えられなかった私の、自分なりの心の防御方法だったのだ。
同窓会に一度も顔を出していないのも同じ理由である。
私にとって高校時代=春樹と言っても過言ではない。
それくらい一緒にいたし、時間を共に過ごしたし、高校時代は春樹との思い出で埋め尽くされている。
だから高校時代を知る人に会うのは辛く、高校がある地元にもあまり帰省したくなかった。
大人になって働いて、色んな男性とお付き合いして、もう10年も経って、すっかり過去のことのようではあったが、実際のところはずっとあの頃に私は囚われたままだったのだ。
亮祐さんと出会うまではーー。
亮祐さんと出会い、彼を好きになった今、囚われていた私の心は動き出した。
だから今日ここに来て、自分の過去である春樹と向き合おうと思ったのだ。
春樹が眠るお墓の前に佇む。
周囲には誰もおらず静寂に包まれていた。
私はお墓を軽く水で洗い流し、お花を供え、線香をつける。
そしてお墓の前でしゃがむと手を合わせ、ゆっくりと春樹に語りかけた。
「春樹、久しぶり。10年も来れなくてごめんね。本当はずっと会いに来たかったんだけどね」
もちろん返事があるわけがない。
でも私は語り続ける。
「私ね、突然春樹がいなくなってしまって、とっても辛かったんだよ?それこそ10年も前に進めてなかった‥‥。しかも進めていないことにも自分で気づいてなったの。最近になってそれが分かったんだよ」
「春樹、私好きな人ができたの。その人のことがとっても大切で、とっても尊敬もしてて、これからも一緒にいたいし、その人にふさわしい自分でありたいって思うと努力もできるみたいなの」
亮祐さんの顔を思い出して、私は少し微笑む。
なんとなくお墓にいる春樹からも笑顔が返ってきたような気がした。
「ねぇ春樹?私たちの恋は、ある日突然に続けられなくなっちゃったよね。でもね、続けられなくなったのと同時に、終わってなかったんだって私気付いたの。だってお別れの言葉がなかったから」
「だから‥‥今日は春樹にお別れの言葉を言いに来た。春樹のこと忘れたわけじゃないし、これからも忘れないよ。でも、春樹との恋はもう終わりにしなきゃ‥‥。だから‥‥」
「春樹、さようなら。高校3年間幸せだったよ。私を好きになってくれて本当にありがとう」
まっすぐにお墓を見つめて言葉にした。
自分から誰かに別れの言葉を告げるのは初めてだった。
感情が高まり、みるみる目に涙が溜まって視界がぼやける。
でもこれは私にとって必要なことなのだ。
続けられなかった恋であり、終わっていなかった恋をきちんと終わりにするために。
きっと春樹も分かってくれるはずだと感じた。
私はもう一度しっかりとお墓の春樹を見つめ目に焼き付けると、静かにその場を去る。
亮祐さんへの想いを胸に抱えてーー。
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