月光

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月光

どちらかを選んでください。 ギシッとベッドが音を立てる。目を覚まして身体を動かした。カーテンの隙間から漏れる、窓らかの月の光が眩しかった。 「起きちゃいました?」声を掛けられて少し驚いた。疲れて寝てしまっていると思ったから。 「起きてたのか?」 「貴方の可愛い顔、見たくて」 「馬鹿か、疲れてんだろ。さっさと寝ろ」 ある日突然送られて来たのは新幹線の往復指定席チケット。それに付け加えて泊まるホテルまで用意されてあった。余りのいたせり尽くせりに目眩がした。 「俺に稼ぎが無いとでも思ってんのか」男のプライドってものがある。けど時折行き過ぎがある。それがこれだ。 「月が眩しいな」 率直な感想だ。目を開けて真っ先に飛び込んできた光。 「カーテン閉めますか?」 「いや、いい」届かぬ月の光に誰かを重ねた。 ここにあるのに何処か遠くを見ているで在ろう彼の人。 「なんか話あんだろ?」 隣に居る温もりに酔いたい気分でもあるが、それはたぶん今は許されぬ事だろう。 「さすが鋭いですね」参ったと顔に書いてあった。何年一緒に居ると思っているんだ。 「当たり前だろ」頬に優しく触れる。 「……俺の身体と心、どちらか選べって言われたらどうしますか?」 また妙な質問だった。でもその意図を知っている。 「心かな……」 「即答ですね」優しく笑う。その答えも知っていた。 「俺がふたり居れば良いんですが、取り合うのも嫌だしなぁ」 「それ、本気で言ってんのか」 「それが本気なんですよ」 「嫌だよ、お前がふたりも居たら。こっちの身が持たない」 「色んな意味で?」にやりと笑う。それにどんな意味が含まれているのか気づいて顔が赤くなった。 「余計なことは想像すんな」 「じゃあさ、心、あげるから身体は何処に居てもいい?」 「それだけ貰えれば十分だよ」それがお前の望む答えだろう。にこりと笑う。 「何処でも好きなトコ行っちまえ」 「ひでぇ」本気で悲しそうな顔をする。お前が決めたんだろ。酷いのはどっちだよ。 「俺ね……待っててくれなんて言えない。だからね、心、置いてくね」 それは何年……期限のつけれるものではなく約束出来るものでもないから。 「付いてきてってワガママも言わない」 「成長したもんだ」 「でしょ?」と、笑う。 「だったらさ……俺の心、持ってくか?」 「いいんですか?」 「いいよ」俺も決めてたから。ずっと。ずっと。 背中を押すのはきっと自分の役目。 ぎゅっと抱き締められた。 「すげぇ嬉しい」 それはまさに月の光。 そこに在るのに。姿は見えるのに、遠くて儚い。 持っていけよ俺の心。お前の心と引き換えに。 放しはしないから。 まるで魂の交換のように唇を重ねた。 強く。深く。 「愛してる」 囁くその言葉だけでもう十分だった。 「俺もだよ……愛してる」 置いてきたのは心だけ。 渡してきたのは心だけ。 「じゃあな」 【終わり】
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