6月5日(二)

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6月5日(二)

「あ、翠さんか……」  ロック画面には【写真を送信しました】と表示されていた。  ロックを解除してアプリを開くと、枕に頭を乗せ、横たわる置物の画像が送られていた。  立て続けに、またピコンとなった。 【みてみて可愛い! なんか癒される!】  文末に笑顔マークの絵文字が付けられている。  カシャッと音を立て、僕の置物の写真を送り返した。 【可愛いね。僕のは体育座りしてるよ。】  送った写真をを追うように文を送ると、すぐに既読が付いた。 【颯君はどこに置くの?】  どこに置こうか。考えていなかった。 【うーん、机の上にしようかな。】  メッセージを送ると1秒もたたずに既読の文字がついた。 【いいねぇ! 私は横たわってるし、ベッドにしようかな】  キラキラの絵文字が文末に添えられている。 【あと颯君、女の子とのやりとりは絵文字を使った方がいいよ?笑】  そもそも家族や大地以外とメッセージのやりとりなどしたことがない僕には絵文字の付け方さえわからなかった。 【絵文字ってどうやってつけるの?】  僕は一応尋ねてみた。 【え!? 絵文字使った事ないの!?】  女の子の世界では当たり前なのだろうか。やけに驚いていた。 【うん。そもそもメッセージ自体あまり使わないんだよね。】  慣れない手つきで翠さんとメッセージを繰り返した。 【まず句点やめよう!笑 怒ってるようにみえちゃうよ!笑】  教科書や小説には句点がつくのに、変な誤解を招いてしまうことを初めて知った。 【どうすればいい?】  僕が訊くと、すぐに返事が来た。 【んー、とりあえず文末に笑を付けておけばなんとかなる!笑】  この文になんだか納得できた。 【わかった笑 これから意識してみるね笑】  自分で送っておきながら違和感だけが残った。 【なんか面白い笑笑 じゃあ次は絵文字だね!】  翠さんとの連絡が続いた。まるで本当に会話をしているように、途切れる事なく。 「お風呂空いたよー」  下の階から美月が叫ぶ声が聞こえた。 【ごめん、一旦お風呂入ってくるね笑 戻ったらまた連絡する!】  びっくりマーク、お風呂、謝る人の絵文字を添えて僕は一度スマホをベッドの上に置いた。  僕がお風呂から出ると、ご飯が食卓に用意されていた。  僕はホカホカの体でご飯を口にかきこんだ。 「なんか今日、お兄ちゃん食べるの早くない?」  愛花が箸を止めた。 「え? そう?」  自分ではいつも通りのつもりだった。無意識に急いでいたようだ。 「早く食べても今日はお兄ちゃんがお皿洗いの当番だよ」  自分の中でどうしてか、気持ちが落ち込んだのがわかった。 「わ、わかってるよ」  少し動揺してしまった。  視線を感じ、顔を上げると美月と目があった。 「あ、そうだ。明日私夜やることあるから、颯、明日と今日代わってくれない?」  僕は早く部屋に戻りたかったが故に了承した。  ご飯を食べ終わり、部屋に戻ってスマホを手にした。 【そっか、私もご飯食べ終わったし、お風呂入って寝るね! おやすみ!】  Zが3つ並ぶ絵文字が添えられていた。  心の中で何かが落下する感覚があった。  ふー、と大きく息を吐き、ベッドの上に大きく仰向けになった。  体がベッドに沈んでいくように感じ、疲れがどっと溢れた。  少しの間天井を見つめていると、コンコンコンとドアが叩かれた。 「何隠してるのー?」  ドアの隙間から美月が顔を覗かせる。 「……え?」  何のことだかわからず、一瞬だけ思考が停止した。 「妹を騙せても、姉は騙せんぞ。さあ吐け!」  部屋の中に入り、扉を閉めると美月が強気で僕を問い詰めた。 「まってよ、何のこと!?」  僕が美月を治めようとすると、首を傾げた。 「あれ? 女の子といい感じなんじゃないの?」  ぎくりと強く叩かれる感覚が胸に響く。  僕はあぐらをかいた自分の足を見つめ、口を開いた。 「いい感じ……では……ないと思う」 「ふっふっふ。やはりな」  美月が悪い顔をして腕を組んだ。 「てか、なんで美月が知ってるんだよ……!」 「女の勘を舐めるでないぞ」  ニヤッとして自慢気に言い、美月は続けて話す。 「というか、今日一日家にいなかった上に、あんなに早くご飯を食べようとするなんて、好きな人ができた他考えられないよ。初々しいなぁ」  ニヤニヤと馬鹿にするような口調で話す美月に少し腹が立った。 「別に好きってわけではないし。ただの知り合いだよ」  美月から目を逸らして言った。そして逸らした先にはたまたまあの置物が目に入った。 「へー、それ、お揃いで買っちゃったんだ?」  美月には全て見抜かれているようで、驚きよりも少しだけ恐怖の方が強かった。 「なんで……わかるの……?」 「あんた顔に出やすいからね。昔から」  僕はその言葉に自分の顔を、右手で少しだけ隠した。 「まあ馬鹿にしにきたわけじゃないよ。どんな子なの?」  少し力を抜いた美月に、僕も同じように少しだけ力が抜けた。 「うーん、よく笑う人……かな……」 「へぇー、いいじゃん」 「けど……」 「けど?」  僕は話すか迷ったが、数秒悩んだ末に美月になら話してもいいのかましれないと思った。 「よく笑うけど、いつも悲しんでる……」 「あー、颯そういうのわかるもんね」 「……うん」  僕は他人の感情を読み取るのがうまかった。これは小さい頃からそうだった。生まれつきというやつなのだろう。 「いつもって?」 「本当に……いつも……。時には本当に笑ってる時もあるんだけど、悲しんでる気持ちの方が強く感じる……」  美月はうんうんと頷き、僕の話を聴いてくれた。 「そっか、心当たりは?」  僕は首を横に振った。  美月は曲げた人差し指を顎につけると、うーんと少し考え始めた。 「どうしてその子が悲しんでるのか、私にもわからないけど、こういうのは人の気持ちがわかる颯だからこそ寄り添ってあげるべきだと思う。だからその子もきっと颯と一緒にいるんだよ」  真面目な顔をする美月を久しぶりに見た気がした。 「それか何か嫌なことでも言ったんじゃない?」  しかし、そうであるなら申し訳ないと思い、気分が落ち込んだ。 「うそうそ、あんたに限ってそんなことあんまり無いだろうし冗談だよ。けど、その子と関わる中で 解決できるのも、さらに悲しませるのも、颯次第だから、気をつけなね」 「うん、ありがとう……」  美月の言葉にはいつも重みがあった。毎度姉のアドバイスに救われてきたし、きっと今の話も何か役立つのだろうと、その言葉を胸にしまっておいた。  美月が部屋から出て行き、僕は明日の支度を始めた。  リュックに体操着と教科書、筆箱を詰め込み、部屋を出た。  洗面台に降り、歯を磨いていると愛花が前を通る。 「明日朝練だから寝るね、おやすみ」 「おやふみ」  歯ブラシを咥え、うまく話せない。  愛花は階段を上がって行った。  口を濯ぎ、リビングでバラエティ番組を観る母におやすみと伝えて、また部屋に戻った。ベッドの上に置いてあったスマホに充電コードを挿すと、画面に2件の通知がきていた。  ロックを解除すると、6分前に大地、4分前に翠さんからメッセージが届いていた。  僕はアプリを開き、翠さんのトーク画面を表示した。 【そういえば、次はいつあのカフェ行く?】  カフェはお金がかからない。金銭面的にはありがたいが、さすがにまたすぐにいくのは申し訳ないと思った。 【すぐにまた行くのはマスターに申し訳ないから、少し時間を置こうと思う。】  送った文を眺めていると、すぐに既読がついた。 【そっか、お金かからないと申し訳ないよね笑 じゃあ次に会うのは梅雨明けなんてどう?】  日付が明確にできないが、ちょうどいいかもしれないと納得した。 【うん、じゃあそうしようか。】  梅雨明けについて考えていると、またすぐに返事が来た。 【おっけー! じゃあ梅雨明けの日の朝に集合で! あと、絵文字と笑つけなね! じゃあおやすみ!】 【おやすみ笑】  すっかり忘れていた僕はおやすみとzzzの絵文字を付け加えて送り、翠さんとのトーク画面を閉じた。  翠さんのトークの下に、大地のトーク画面があり、①の表示が残っている。 「あ、忘れてた」  大地とのトーク画面を開くと1文だけメッセージが来ていた。 【明日体育だから体操着忘れんなよ! あとライブ外れた……泣】  歯を磨く前に体操着をしまった記憶を思い出した。 【うん。大丈夫だよ。ありがとう。 またいつかの機会だね。】  送信ボタンを押下する直前、翠さんとのトークを思い出した。  僕は打ち込んだ文字を消し、打ち込み直した。 【うん!笑 大丈夫だよ!笑 ありがとう!!笑 次は当たるよ!!笑】  びっくりマークをすべて赤い絵文字にし、笑顔の絵文字も付けて送った。  すぐに返事がきた。 【え、お前……どうしちまったんだよ……笑】  動揺を文字で送りつけられ、自分の雰囲気とはやっぱり違うのかと頭が冷静になった。 【ごめん。色々あって間違えた。】  やっぱり僕にはこの方が合っている。そう思った。  僕はスマホの電源を落とし、部屋の電気を消してベッドの中で隠れるように目を瞑った。
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