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雪村玲。それが、私が好きなその人の名前だった。
とても綺麗な顔をしてはいるけれど、いつも感情の起伏がない。何を考えているかよくわからない、お人形みたいな先輩。それが、私の第一印象だった。普段はとても口数少なく、ただ黙々と部室で原稿を書いているイメージだったからである。私達の文芸部では、とある新人賞にみんなで応募するというのがなんとなく慣例になっており、一年生から揃って公募を目指して執筆活動をするのがならわしとなっていた。
勿論、文芸部に入るような人間が全て、小説執筆経験があるわけではない。
プロットの書き方だとか、話の組み立て方だとか、キャラクターの設定だとか。そういうものを、先輩達に教えてもらいながら、少しずつ練習して公募に出しても恥ずかしくない作品に仕上げていくのである。みんなで一丸となって教え合うので、そういう意味では多くの文芸部よりも積極的な活動をしているのかもしれない。
もちろん、余裕があるなら別の公募やコンテストに応募してもいい。筆が遅い私には到底無理だったが、先輩の中には複数の公募を掛け持ちしている人も少なくなかった。
そして、中にはある程度結果を出している人もいる。それが、一つ上の、雪村先輩だったのだ。書籍化が約束されたコンテストではなかったので作家デビューはしていないが、それでもいくつかの公募やコンテストで受賞した経験がある実力の持ち主である。三年生以上の先輩たちからも、まさに一目置かれた存在が彼なのだった。
『あの、雪村先輩。……アドバイス、欲しいんですけど』
『ん』
彼は、意外と親切だ。そう気づいたのは入部して二カ月後、思い切ってプロットのアドバイスを求めた時だった。既に執筆後の原稿を読んで貰うよりは、遥かにハードルが低かったというのもある。
例の新人賞は、ノンジャンルでOKとされているのものだった。ファンタジー作品が受賞したこともあるので、私も大好きなファンタジーで一本長編を書いて応募しようと目論んでいたのである。
彼は私のプロットに念入りに目を通すと、きっぱりと言ったのだった。
『話は面白そう。でも、このままだとまずい』
『え』
『あの賞の規定文字数は、十万文字から十五万文字。この内容をそのまま書くと、恐らく十万文字以上オーバーする。個人的には、一万文字以上削らなければいけないプロットは最初からストップをかけることにしている。このままだと、応募すらままならない。それでは君が、とても悲しい思いをすると思う』
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