第1話_新しい風

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少し前、遠方から生家である(くすのき)神社へ帰ってきた苡月(イツキ)は当初、不必要なまでに伸ばした前髪に襟足も長く、彼が突然帰ってきたことの方に驚いた(アキラ)は初見では思い至らなかったものの、落ち着いて会話する頃には内心全頭バリカンを当てたいくらいにうざさを感じていた。 ほどなくしてこの神社の宮司である兄の手によりカットされ、前髪も襟足もすっきりと見える姿になっていた。 「これからまだやることあんの?」 「本殿廻りの掃き掃除で終わりだよ、今日は神事が入ってないから。…待ってて」 そう言うと、苡月は竹箒を拾って用具倉庫へ入り、もう片方の手にちりとりを持って本殿の方へぱたぱたと駆けていく。積んでいた落ち葉をちりとりへ集め、ひとつふたつこぼしながら焼却ボックスへ落とすと、再び駆け足で戻ってくる。 その仕草を目で追いながら、陽は満足気な表情を浮かべていた。 「陽君は、今日はどうしてここへ?」 「…あぁ!! そうそう、お前にこれ見て欲しくってさー」 苡月に問われ、本題を忘れていたらしい陽は目を丸くした後、背中のリュックを前に持ってくると中身を漁り、しわくちゃになった紙を突き出した。 「この前お前に見てもらった定理と解き方、まんま出たぜ! その結果、補講スルー達成!!」 どうやら数学の小テストらしいその用紙を指差しながら、陽は頬を上気させる。問題文と陽の解答に目を通し、苡月も嬉しそうに顔をあげた。 「…良かったね!」 「おう! いやー、まさかお前が理系人間に育ってるとは思わなかったぜ。兄貴は超文系なのになー。つか、中三なのに高校で習う数学まで出来んのすごくね?」 「好きで、高校でやる内容まで追っちゃうんだ。…役に立てて嬉しい」 「もうお前様々よ! 今まで俺の数学をどうにかしてくれるの(あお)兄だけしかいなかったからさぁ…(かげ)兄は先にグロゲーやらないと教えてくれねぇし…っ」 「…苦労してたんだね」 少し前まで兄貴風吹かして勉強見てやるなどとのたまっていたのに、いつの間にやら逆に教えてもらう立場になり下がってしまっていた陽だったが、双方そんな違和感は全く気にしていない。 「今後もよろしく頼むぜ!」 「期待値が大き過ぎるよ…」 「お前も高校入る前に予習できるし、一石二鳥だろぉ? 俺の成績底上げに貢献してくれよ」 「うん、でも…」 陽の言を受け、苡月は少し目を見開かせた後、再び視線を下げた。 「多分、自分にはあまり役に立たないよ。…少しは一般教養としてやると思うけど」 苡月はそう、どこか言いにくそうに手遊びしながら漏らし、やや眉をひそめる陽を上目遣いで見る。 「…秘密だからね。…あっちの学校の保健の先生以外には、まだ誰にも言ってないんだ」 そして棒立ちの陽へ寄ると、耳打ちした。
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