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「凛さん。前髪が伸びましたね」
休日の朝。
ダイニングテーブルで向かい合って朝ごはんを食べている及川さんが言った。
確かに。以前は眉で切り揃えていた前髪が目にかかり始めてる。
「後で切って差し上げますよ」
「あ……えっと……」
「大丈夫です。柳の髪も私が切っていますから」
「そうなんですか!?」
柳さん、いつもカッコいい髪型してる。
及川さんはプロの美容師さん並の腕前ってこと?
ホントに何でも出来ちゃう人なんだ。
「なので安心してください」
及川さんの腕前を疑ってるわけじゃないけど。
「伸ばしてるんです……前髪」
「そうでしたか。ならば良いのですが」
私は歳より幼く見られるから。
前髪を伸ばせば年相応、いや、もっと大人に見られるかな?と思って。
そんなことくらいじゃ及川さんとの年齢差は埋まらないって分かってる。
でも。悪あがきでも努力したい。
彼に相応しい大人の女性になることが、私の目標。
「ですが前髪が長いと視界が悪くなります」
「そうなんですけど……」
「可愛いヘアピンを買いましょう」
……可愛いのじゃなくて大人っぽいのがいい。
「凛さんは可愛いですから」
可愛いじゃなくて綺麗、って言って欲しい。
キッチンにお皿を運ぶために2人で並んで歩く。
及川さんは背が高い。
私は小柄だから、余計に幼く見えるのかな。
そんなことを考えて見上げたら、及川さんも私を見てた。
彼の目は優しい。
……子供だと思われてるんだろうな。
シンクにお皿を置いて、もう一度彼を見た。
どんなに背伸びしても届かない。
わかってるけど。
私は精一杯、つま先立ちして彼の首に腕を回した。
「……どうしましたか」
心配と困惑が入り交じった彼の声。
あやすように私の背中を叩く大きな手。
「……子供扱いしないでください」
少しの間があって。
彼は私の耳元で言った。
「覚悟と受け止めます」
今度は私が戸惑った。
背中を叩いていた手が腰を撫でて。
「手加減。しませんから」
驚いて見上げたら、彼はいつもと違う笑みを浮かべていた。
【 完 】
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