靴泥棒

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 クリーム、クリーム、可愛いクリーム、ワシらの可愛いクリームは、野良犬で、地域犬で、番犬で、そして泥棒犬でもあった。  このコロニーはパンデミックから逃れた街、完成してから三十年もたつコロニーの住人はいつの間にか中年ばかりになっていて、ワシらはどこから来たかもわからない、真っ白でふわふわで人懐っこいクリームを諸手を挙げて歓迎したけれど。 「マイ・オールドレディ、今夜もクリームが靴を盗んできたようだ」  夜、クリームはコロニー内を彷徨い歩いては住人の靴を盗み、ワシら夫婦の家の庭の決まった場所に埋めていく、朝起きるとその靴を掘り返し、盗まれた人が回収できるように庭先に並べるのが、いつの間にかワシの日課になった。  それは、一年・二年・五年・十年・十五年と続き、そして。 「クリーム、クリーム、可愛いクリーム、ワシらの可愛いクリーム、ゆっくり眠れ、お前のお気に入りの場所に埋めてやるから」  街の年寄りたちより先に可愛い犬は虹の橋を渡り、泥棒犬がいつも盗んだ靴を埋めていた庭の一角に街の者たち全員で埋葬した、のだが。  クリームを葬式をした次の日、朝起きるとまさにクリームを埋めた庭の一角に、夢か幻でもあるような大きな木がすっくと立っていて、その木にはスニーカー・ウォーキングシューズ・ランニングシューズ・登山靴が呆れるほど鈴生りに生っていた。  ……この街の老人たちは、貴族の証である銀リスの毛皮の靴しか履かなくて、優雅に世界から隔絶した、自動化され尽くされた安全な機械都市の中でただ耄碌(もうろく)していくだけだ。  クリーム、クリーム、可愛いクリーム、ワシらのまともに歩けもしない靴を盗み続けたお前は、ずっと……ワシらに自ら閉じこもることをやめて、外の世界に出ろと言い続けていたのかい?
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