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また、だ……。
駅から学校まで続くなだらかな坂道。友達と呼ぶには近く、恋人と呼ぶには遠い距離感覚を保って隣を歩く彼を横目に見る。
待ち合わせをした駅の改札で一度目が合ったきり、彼は一度もわたしのほうを見ない。駅を出てからひとりでしゃべり続けているわたしの話は、今日も彼の耳を素通りしていく。
わたしにとっては、ふたりきりで歩ける貴重な朝の登校時間なのに。顔を合わせた瞬間からずっと、わたしの彼氏はぼんやりと別のところばかり見ている。
はぁーっとこれみよがしに深いため息を吐くと、一学年上のわたしの彼氏、梁井碧斗先輩が「あー、うん」と頷いた。わたしが溢したのはため息なのに。相槌を返してくるタイミングが最悪だ。
「先輩、ちゃんとわたしの話聞いてました?」
「あー、何?」
正面から顔を覗き込んだら、ようやく梁井先輩と目が合う。
「だから、夏休み。どうするのかなーって」
「あー……、いつ遊べるかって話だったっけ」
「そうです」
来週から夏休みが始まる。わたしにとっては、人生で初めての彼氏のいる夏休みだ。
梁井先輩もわたしもお互いに部活があるけれど、休みが合う日はできるだけ遊びたい。
来週から見たかった映画が上映されるし、夏の水族館デートも涼し気でよさそう。この辺りで有名な河川敷の花火大会に浴衣で行くのも憧れるし、まったりとお家デートもいいかもしれない。
梁井先輩の隣で、わたしはさっきまでずっとそんな話をしていた。
わたしが憧れているキラキラした青春の話。だけど梁井先輩にとっては一ミリの興味もない、わたしの脳内にだけある妄想の話。
「あとで部活のスケジュール確認しとく」
強制的にわたしと目線を合わせることになってしまった梁井先輩が、わずかに眉根を寄せる。綺麗な顔が面倒くさそうに歪むさまに胸がチクリと痛んだけれど、無視されなかっただけマシだ。
「お願いします」
ほっとして頬を緩めたとき、わたしたちのそばを同じ高校の男子生徒がびゅっと駆け抜けていった。着崩した制服のシャツが、風を孕んで膨らんでいる。
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