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「みなみ!」
彼が息を切らしながら叫ぶと、わたしたちの少し前を歩いていた女子生徒がスマホを片手に笑顔で振り返った。振り向きざまに、毛先を緩く巻いた彼女の栗色のロングヘアが軽やかに揺れる。
「おはよう、昌也」
坂道の途中で立ち止まった彼女が、彼が追いついくのを待っている。
「はあー、坂道きっつ」
「足、鍛えられていいじゃん」
両手を膝について息を整えている彼の肩を、彼女が笑いながらパシパシと強めに叩く。
「いてえよ、力強いな」
肩に置かれた彼女の手を笑いながら振り払う彼の声は、たぶん少しも本気じゃなくて。朝っぱらからケラケラ笑い合うふたりは、少しうざったく思えるくらいに楽しそうだ。
ふたりは、登校中に毎朝見かける二年生のカップル。登下校はいつも一緒だし、校内でもふたりでいる姿をよく見かける。
彼氏は門倉 昌也先輩と言って、バスケ部所属。彼女の喜島 みなみ先輩はバスケ部のマネージャーだ。そして彼女のみなみ先輩は、わたしの彼氏・梁井先輩の幼なじみでもある。
「ていうか昌也、寝癖やば。ネクタイもすごい曲がってるよ」
朝の通学路で、みなみ先輩が人目も憚らずにベタベタと昌也先輩に触れる。
「急いでたし」
「朝起こしてあげたじゃん」
昌也先輩のネクタイを直しているみなみ先輩は、呆れ声でそう言いながらも彼のことを優しい目で見つめている。
ふたりの微甘な会話はいつもどおりで、仲の良さそうなふたりの背中を無言で見つめる梁井先輩の目が切なげなこともいつもどおり。いつもと変わらない朝に、少しだけ泣きたくなる。
わたしの好きなひとは今日も変わらず、憂えた眼差しで別の人を見つめている。
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