エピソードⅠ 殺し屋と豚汁

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「あれ、あれ、どうしたんだい?」 オレの涙を見て、母親が、不思議そうに言った。 オレは、涙を拭った。 「……何でもねえ……」 そう、答えたけれど、涙は止まらなかった。 「……あんた、これから帰る場所はあるんかい?」 母親が、心配そうに訊いた。 オレは、ゆっくりと首を横に振った。 「帰る場所なんてねえ……」 オレは、答えた。 寝る場所はある。 何の飾りっけもない、寝るだけのビジネスホテルだ。 帰る場所なんてものじゃない。 「このまま家にいるかい? あんた、ジローに似てるから、放っておけないんだよ」 母親が、懐かしそうに言った。 「ジロー?」 オレは訊いた。 誰だろう? 「もう死んじまったけど……」 母親は、呟くように言った。 そう言えば、父親はどうしたんだ……。 もしかして、死んでしまったジローというのが父親か? オレは訊いた。 「あんたの旦那がジローっていうのか?」 母親は、声を立てて、笑った。 「ははは! いやー、ジローってのは、前に飼ってた犬さ」 「い、犬?」 オレは、驚いて訊いた。 「ああ、そうさ」 母親は、笑顔で言った。 「それに、あたしに旦那はいないよ。みみが生まれる前に、死んじまった」
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