第2話 わるものの末路はかっこ悪いもの

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第2話 わるものの末路はかっこ悪いもの

 道中追いすがる兵士達を軽くあしらいながら、グラムファフナーとテティを乗せた馬は、風のように王宮へと迫った。  文字通りテティが馬の足に風の魔法をかけて、通常の馬より数倍速くしたのだけど。「これはいい」とグラムファフナーが手綱を操りながら上機嫌で笑う。どんな駿馬に乗る騎士も二人には追いつけない。  混乱の王都の通りを抜けて、目前に青銅の色をした格子の門が見える。両開きの扉のそれぞれに、獅子と一角獣(ユニコーン)の黄金の王家の紋章が輝く。  二人の侵入を拒むように、ぴったり閉ざされた高く大きな門を前にしても、グラムファフナーはその速度を緩めなかった。  馬が門にぶつかるという直前、大きく跳躍して門を飛び越えた。風の魔法が掛かってなければ、あり得ないことだった。  まるで背に翼が生えたように跳ぶ馬を、閉ざされた門を守る赤い軍服をきた衛兵達が遥か下方で、ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて見上げている。テティは思わず彼らに向かい手をふった。  馬が着地し「またね~」というテティの声に、兵士達は我に返って、あとを追おうとしたが、すでに馬は広い前庭の向こう、大きなドームの屋根を持つ正面から半円形に翼を広げたような形のお城に迫っていた。  その宮殿の正面の扉も当然閉ざされていて、扉の前の衛兵達は、馬があり得ない跳躍で門を飛び越えたのを見ていたのだろう。どう対処するか右往左往していた。 「どうする?風の魔法で扉をとばす?」 「いや、今度は私がやろう」  「死にたくない奴は避けろ!」とグラムファフナーの朗々たる声に、兵士達が慌てて左右へと逃げる。  そこに彼の手から離れた真っ黒い玉が轟音を立てて王宮の扉に直撃爆発する。  ごとりと両開きの扉の片方が外れて落ちたのを見て、テティが「お城壊れちゃったね」と言う。「修繕費は私の年俸から差し引きだな」とグラムファフナーは冷静に答えて広いホール、大理石の床を馬の蹄がカツカツと音を立てて横切る。  馬を巧みに操るグラムファフナーは大階段をそのまま駆け上がって、二階の回廊へと、そこには神々の住まう世界を想像した、壮麗な天井画が描かれていた。  その先に、玉座の間があった。五段のきざはしを昇った上には、王家の紋章である獅子と一角獣の意匠を背もたれの頂天にいただいた、大きな玉座があった。  そこに所在なさげに座るのは歳の頃は十歳ぐらいの少年。金茶の肩につくかつかないかぐらいで切りそろえられた髪。水色の瞳はすでにもう潤んでいる。  階段の下には彼を囲む壁のような衛兵達が、そして金ぴかの宮廷服をまとった中年の男がいた。  テティとしては金ぴかとしか表現のしようがない。男の服のあちこちには大粒の宝石が輝いていた。靴の中央にまでこれ見よがしにガラス玉みたいなダイヤモンドがついている。  くるくる白いカツラを被って「叛逆者が何しにきた?」とたくさんの兵士や騎士に囲まれ偉そうに呼びかけるその姿に、テティは一目で『こいつ嫌い』と思った。  その男の言葉を無視して、グラムファフナーは馬を降り、テティも続いて飛び降りる。  兵士の壁に阻まれながら、玉座に座る小さな王様をグラムファフナーが真っ直ぐに見る。「陛下」と呼びかけられて、その細い肩がぴくりとはねる。 「グラムファフナー・アロイジウス・ヴォルフ・シェーレンベルク、ただいま帰参いたしました」 「よくもおめおめと再びこの王宮に舞い戻れたものだな。シェーレンベルク侯爵、貴様が陛下を傀儡(かいらい)として国の政を思うがままにしようとしたのは、明白!」  そして青ざめて無言の王様ではなく、またしても玉座の横にいる男がわめきちらす。 「お前の宰相の地位を剥奪し捕縛する。これ以上の抵抗は無駄だ!大人しくしろ!」  そのとき玉座の間に衛兵達がどっとなだれこんできて、たちまちグラムファフナーとテティの周りを取り囲む。  「それは陛下のお言葉か?カウフマン大公」と初めてグラムファフナーは男を見る。カウフマンと呼ばれた男は「当然」と勝ち誇ったように笑う。 「陛下は私が暴いたお前の悪行に激怒され、その顔を二度と見たくもないそうだ」  「そうですな?陛下」とカウフマンに呼びかけられた小さな王様は、それにうなずくこともなく、まっすぐ彼を見るグラムファフナーの視線からも逃れるようにうつむいた。 「にわかに信じられませんな。陛下のお口よりお言葉を賜るまでは、このグラムファフナー退くわけにはまいりません」  グラムファフナーが一歩前へと出れば、周りを囲んでいた兵士達は、その気迫に気圧されながら後ろに一歩退きながらも、彼が向かう玉座の前に立ちふさがる。  カウフマンが「逆らうならば殺してもかまわん!捕らえろ!」と兵士達をけしかけたとき、テティが叫んだ。 「黙ってちゃダメだ!小さくても君は王様なんでしょ?怯えてないでどうして欲しいのかはっきり言って!グラムも僕も絶対君を助けてみせる!」  「なんだこのクマは!」カウフマンが声をはりあげる。その横の玉座で小さな王様は唇を震わせて、そして口を開いた。 「助けて!カウフマン大公から僕を助けて、宰相!」  「逆らうか!力もない幼君が!」とカウフマンがさけぶ。のみならず「ええい、そこの小憎らしい耳長のエルフを殺すどさくさに、この子供も殺してしまえ!」とんでもないことを口走る。  テティは、星のロッドをぐんと伸ばして、それで床をついた。小川を渡るときの高飛びの要領で跳ぶ。軽い身体はくるくると回転して、小さな王様がいる玉座にぽふっと降り立った。  凶悪な顔つきで少年に向かって剣を突き立てようとしていた男の顔をロッドで張り飛ばした。キラキラ舞い散るお星さまとともに、男は血反吐をまき散らしながら床に転がる。  同時に突き出された複数の槍をはらい、飛びかかろうとした一人の胴をロッドの先でついてこれも階段の下に落とす。 「テティ、陛下を守ってくれ」 「わかった!」  グラムファフナーにも周りを取り囲んだ兵士達が、剣で斬りかかり槍を突き出していた。あきらかに捕縛するつもりなどなく、殺す気がまんまんだ。  彼のまわりにぼうっと黒炎の輪が広がり、爆発して兵士達を吹き飛ばす。グラムファフナーが長剣を手に、ずんずんと長い足で前に進むのは玉座にではなく、カウフマンにむかってだ。「ええい!優男のエルフとへんてこりんなクマになにを手間取っている。殺せ!殺せ!全員殺せ!」と焦ったようにくるくるカツラを振り乱して男がさけぶ。  「たった一人と一匹だろう!」とカウフマンがさけぶ。  たしかに広間いっぱいの兵士達に対して、たった二人……いや、一人と一匹?というべきか。普通なら彼らの劣勢はあきらかだが、今や完全に兵士達のほうが押されていた。  玉座にいる小さな王様を守るテティは縦横無尽にロッドを振りまわし、お星さまをまき散らしながら、血反吐をはく兵士達を昏倒させ続けている。  グラムファフナーは背後にゆらりとそのあふれる闇の魔力の黒い炎を起こしながら、カウフマンに向かい歩み続ける。立ちふさがる兵士達を吹き飛ばし、長剣でなぎはらいながら。  立っている兵士達の数はまたたくまに半分となり、その倒れている仲間に足をとられて、すっ転ぶ者達が続出するという無様な有様となった。  己の不利を見てとって、カウフマンが「ひけ!ひけ!ここは一旦ひくぞ!」と兵士達の壁に囲まれて、玉座の間から逃げようとするが。 「これだけのことを起こしておいて逃げ出すとは、往生際が悪いですぞ。大公閣下」 「ニーマン騎士団長!」  その玉座の間に赤い甲冑姿で現れたのは、燃えるような赤毛の髪に琥珀色の瞳を持つ長身の男だった。その頭には髪色と同じ尖った耳。尻にはふさふさとした尻尾が揺れる。狼の獣人だ。  騎士団長と呼びかけられた男の後ろには、赤銅色の甲冑に身を包んだ兵士達が整然と整列している。カウフマンを囲む兵士達が怯えたような声で「赤狼(せきろう)団だ」とざわめく。  その言葉通り、彼らはいずれも兜を被らず、鉢金の赤い鉢巻きを長くなびかせた、頭に尖った耳を持つ狼の獣人達ばかりだった。 「騎士団長!貴様は北方に不穏な動きありと視察に旅立ったばかりではないか!命令に反して帰還するなど、懲罰会議ものだぞ!」 「王宮でこのような“反乱”が起こったと知らせを受ければ、戻ってあたりまえでしょう?」 「反乱、そうだ反乱だ!その叛逆者を捕らえろ!」  この後におよんでなお、カウフマンはグラムファフナーを指さして大きな声をあげる。自分が先ほどまで小さな王様を殺せとわめいていた、立派な叛逆者のクセに。  だが、テティは気付く。それを聞いていたのはカウフマンの兵士達と、自分にグラム、そして横にいる小さな王様だけだと。  テティはそのもこもこの手を伸ばして、小さな王様の手を握りしめる。彼が自分を見るのにこくりとうなずくと、玉座で怯えて震えていた王様は、いまだ瞳は潤んでいるけれど、きりりと意思を宿した瞳で前を見て「宰相!」「ニーマン騎士団長!」と叫んだ。それに二人とも「はっ!」と胸に右手をあてて略儀だが礼の形をとる。 「宰相は叛逆者などではない。私を殺せといままで叫んでいた大公こそが叛逆者だ。捕らえよ!」  小さな王様のひと言で、赤銅色の鎧をまとった狼の騎士達が動いた。カウフマンを捕縛するため彼を守る兵士達の周りを取り囲む。  それに兵士達も抵抗しようと槍を向けたが、騎士団長が「無駄な抵抗はよせ」と呼びかける。 「俺達がここまで来たってことは、王宮の反乱はすっかり抑えたってことだ。  それとも王国最強の赤狼団と戦って見るか?お前ら傭兵は十分に先払いの金分の働きはしただろう?」  その言葉に兵士達は次々と槍を放り投げて降参した。この王宮を一時的にのっとっていた兵士達のすべてがカウフマン大公の私兵。つまり傭兵だったとあとでテティは聞いた。  守ってくれる兵がいなくなった大公は哀れだった。両腕を赤狼騎士二人に抱えられて、引きずられるように連行されていく。「ヘンリック、育ててやった恩を忘れたか!」と小さな王様に向かって捨て台詞をはくのに、小さな王様はつぶやいた。 「恩って……大叔父が僕にくれたのは時代遅れのくるくるのカツラでしょ……」  それにプッ!とテティは吹き出してしまった。古い石造りの監獄に閉じこめられた大公が寒い寒いと震えているのに、王様がせめてものなさけと、カツラの下のつるつる頭の保護にたぬきの毛皮の帽子を贈ったのはあとのこと。  こうして、カウフマン大公の“たった半日事変”は終わった。朝にグラムファフナーに毒を盛って、夕方に捕縛されるまでだから、半日以上ではあるが、こういうことはなにごとも敗者には厳しく情けなく、後世の歴史に伝えられるものだ。
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