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第3話 勇者のひいひいひい孫
「なんだ? このぬいぐるみ」
あちこち壊れた玉座の間にて、カウフマン大公がひったてられたあと、狼の獣人の騎士団長の不用意なひと言にテティは当然ブチ切れた。
「ぬいぐるみじゃない!」
「どわっ!」
星のロッドを伸ばしての一撃を、騎士団長は緋色の大剣で辛うじて受けとめた。「腕がびりびりしやがる」とつぶやいたあと。
「いきなり攻撃する奴がいるか!」
「僕はテティ・デデ・ティティティア。ぬいぐるみじゃない!」
「おう、俺はマクシ・ヴィルケ・ニーマンだ」
図らずも名乗りあう形となった。なおも上目づかいにマクシをにらみつけるテティにグラムファフナーが「テティ」と呼びかける。
「マクシは私の友人だ。許してやってくれないか?」
「グラムのお友達なら仕方ないね。頭をぺっこりへこませるのは許す」
「おい、それじゃ死んじまうだろうが!」
「すぐにエリクサーふりかければ大丈夫だよ」
「そんな理由でバカ高い霊薬を使えるか!」
テティはむうっとマクシを見上げた。ちょっと首が痛い。獣人だけあって馬鹿デカいこの男、七ペース弱(二メートル)ありそうだ。その隣のグラムだって六ペース(約百八十センチ)より、もうちょっとありそうだから十分に背高のっぽだけど。
比べて、テティは三ペース(九十センチ)より、もうちょっと大きいぐらいだ。となりの小さな王様はテティより、さらに少し大きい四ペース(百二十センチ)ぐらいか。
背の高さなんて、とびあがれば十分その頭に届くからどうでもいい。今はぶっ叩かないけどと心の中でつぶやいて、テティはぴしりと赤毛の狼男を指さした。もこもこのお手々から、ぴっと小さな指らしきものが出る。
「あなた、マクシとかいったね?」
「それがどうした? テティ」
「…………」
うーんとテティは悩んだ。顔は悪くない。むしろいい。グラムにはちょっと負けるけど。
燃えるような赤毛に、琥珀の金目、彫りの深い顔立ちに、ニッと笑った大きな口。なめし革みたいな光沢の褐色の肌。粗野すぎることはないが、野性味にあふれている。
ひと言でいうなら。
「がさつ、無神経」
グラムファフナーが口許を隠すように片手で押さえて、背後にいる部下の騎士達も、口許をひくひくとひくつかせたり、下を向いている者がいる。「なんだよ」とマクシが声をあげる。
テティは言いたいこと言ってスッキリしたと、ふんと鼻を鳴らして。
「じゃあ、僕、銀の森に帰るね」
と言った。とてとてと玉座の階段を降りるテティに「今、すぐに帰るのか?」と慌てたのはグラムファフナーだ。
「うん、だって元々は森の外まで送っていく約束だったでしょ?」
もう少しグラムと一緒に居たかったけれど、それも満足した。「また、会いに来てもいい?」と言ったらうなずいてくれたので、嬉しいとテティはにっこりする。
グラムファフナーにマクシが「おい、これを野放しにしていいのか?」と小声で聞いていて「テティが帰ると言っているのに、阻めるのか?」「赤狼団全員投入しても無理そうだな」なんて会話をしてるけれどテティは気にしないで「じゃあね」ともこもこの片手をあげて立ち去ろうとしたが、そこに「ダメっ!」と声をあげたは小さな王様だ。
「テティ、行かないで! 僕のそばにいて!」
「うん、いいよ」
水色の瞳をうるませて正面から抱きつかれて、テティとしては「しかたないなぁ」とうなずくしかない。
一晩、このお城に泊まってもいいな~という感覚だったのだ。
しかし、そこに「ああぁ!」とマクシの声が重なる。さらにグラムファフナーもなぜか険しい表情だ。
「あ…れ……?」
そして、テティは自分のふわふわの身体になにか、ぱちんと巻き付いたような気がした。ここに縛り付けられるような。
テティが訊ねる前にグラムファフナーが「勇者の仲間の強制力だ」と言う。
「勇者? って魔王を倒した?」
だけどそれは昔の話だとダンダルフは教えてくれた。およそ百年前ぐらい。
テティが生まれるちょっと前のお話だ。
「陛下はその勇者のひいひいひい孫にあたられる」とのグラムファフナーの言葉に「つまり勇者の子孫?」とテティが言えば、小さな王様はこくりとうなずく。
「僕がグランパからいただいた力はこれだけ。仲間になってってお願い出来るの。心の底からそう思わないと、本当の仲間にはなれないってお爺さまが言ってた」
「そう思ったのはテティが初めて」と笑う小さな王様の笑顔はとてもかわいらしかった。「僕の仲間なんだから、テティはずっとこのお城にいるよね」と。
「……僕は銀の森に帰れないってこと?」
テティはぱふりと腕組みしてうーんとちょっとだけ考えて「ま、いいか」と言った。「いいのかよ!」とマクシ。
「でも僕、午後はかならずお茶にケーキ食べたいんだけど」
「もちろん、王宮の料理人に毎日用意させる」とグラムファフナーがすかさず言ったので、テティはうなずいた。
テティは小さな王様の顧問ということになった。顧問ってなに? と思ったが、お城で自由に過ごしていいと言われたので、自由にすることにした。お部屋ももらって、メイドも付けられた。
「イルゼと申します。よろしくお願いします」
「うん、イルゼ、よろしくね」
挨拶がわりにぎゅっと手を握れば、その手を赤くなった両頬にあてて「もこもこでらっしゃいます。うわ~うわ~」なんて言っていた。
そして、夕ご飯の時間になって、小さな王様を囲んで、グラムファフナーにマクシと夕餉をとった。
テティがナイフとフォークを綺麗に使ってご飯を食べていると、マクシが「あのくまの手で食べられるのか? いや、そもそもスープとかどこに入るんだ?」とかつぶやいていたから、その眉間にフォークを投げてやろうかと思ったけど、あきらかにマナー違反なのでやめた。
ちなみに小さな王様の名前は、ヘンリック・ルードルフ・ゲーデルと言った。「これからはヘンリックって呼んでね、テティ」と言われたので、ヘンリックと呼ぶことにした。テティはヘンリックの“仲間”だから、王様でも呼び捨てでいいそうだ。
それから、もらったお部屋の天蓋つきの大きなベッドで眠った。テティの小さな身体だと同じ方向に十回ぐらい寝返りが打てそうな奴だ。
朝、起きるとイルゼが、朝のミルクと蜂蜜たっぷりのお茶にショートブレッドを添えたものを用意してくれた。それを食べているテティの後ろにまわったイルゼが丁寧に毛皮をブラッシングしてくれる。
姿見で見るとくるくるの毛は、さらにつやつやになっていた。「ありがとう」と言って、ぴょんと椅子から飛び降りる。空中からふわりと気に入りの白いレースのケープを出すと、首元の赤いリボンをイルゼが形良く結んでくれた。自分だといつもちょっと不格好になるから、さらにご機嫌になった。
それから自分にあてがわれた部屋を出て、宮殿の“探険”に出かけることにした。自由に歩いていいとグラムファフナーにも言われている。
そのグラムファフナーが吹っ飛ばした、正面扉を見にいった。扉の片方はいまだに片付けられずに床にひっくりかえったままで、白い幕がかかっている。グラムファフナーは自分の年俸から修繕費を出すとか言っていたけど、自分もお茶のケーキ一個分ぐらい我慢したほうがいいのかな? と思う。
王宮内はものすごく広くて、すべての部屋の天井画に壁にかけられた肖像画やタペストリーを見てまわったら、一日が終わってしまいそうだった。そうじゃなくても、月女神の間ではちょうどカラクリ時計が時を知らせるのに出くわして、くるくる踊るニンフ達と女神が次に出てくるまで張り付いて待ってしまった。
てくてく二階を歩いていると、薄く開いている扉が見えた。中を見ると見知った姿がある。だけど、大きな机の向こうで真剣にお仕事中だ。
こういうときのダンダルフに声をかけると「森で遊んでいなさい」と言われたな……とじっと見つめていると、長い足を組んで、長い指をあごにあてて考えこんでいた、黒髪のエルフが書類から顔を上げずに口を開いた。
「入ってきていいぞ」
言われてとことことお部屋の中へと入る。四方の壁一面が天井まで革張りの背表紙の本で埋まっているのに、ほけ~と見とれた。こんなところもダンダルフの書斎に似ている。
飴色の光沢の大きな書斎机の上には、蒼の大きな魔法石で出来た天球儀がキラキラ輝いていて、それもしばらく見上げた。
そして、その下に視線を戻すと、あいかわらず長い足を組んで難しい顔のグラムファフナーがいた。
テティはとてとてと彼に近寄り、それからその膝にポンと乗って腰掛けた。手元の書類を一緒にのぞき込む。
「わかるか?」
「うーん、この勇者の子孫の国以外に、たくさんの国があるということ?」
テティは銀の森の外に王様の国があるとは教えてもらったけど、それ以外のことは知らない。すると「そうだな、ちょっと待て」とグラムファフナーが言う。
とたん天井まである本棚の上から二番目の棚から、一冊の本が飛び出て大きな書斎机の上にふわりと着地した。テティが「すごい!」と感嘆する。
「ダンダルフの書斎にも本の妖精が棲んでいたけど、ここもなんだ!」
「ああ、読みたい本があれば言えばよい。テティには出してよいと伝えておいた」
「マクシの奴は扱いが雑なんで妖精には嫌われている」と聞いて、テティはもこもこのお手々でお口をおさえて、ぷぷぷ……と笑った。
グラムファフナーが渡してくれた本は、この世界の様々な国のことが書かれたものだった。テティはさっそく夢中になって読み始めた。
「本は好きか?」
「うん、ダンダルフも色々と教えてくれたよ。すっごい昔のこととか、魔法のこととか」
「魔法か……」
扉が開いて入って来たのは先ほどまで噂していた、マクシだった。彼はテティを膝にのせたグラムファフナーをまじまじと見る。
「俺が汗かいて、カウフマン大公を取り調べているあいだ、お前はかわい子ちゃんをお膝の上か?」
そんな嫌みにも「いいだろう?」とグラムファフナーはテティの頭を大きな手でくしゃりと撫でる。それにテティも嬉しくて「いいだろう?」と真似してマクシをどやっと見た。
「大公はなにかしゃべったか?」とグラムファフナーが問えば、今まで監獄塔の貴賓室でその大公を尋問していたマクシは「わめくことはわめいたけどな」と肩をすくめる。
「灰色のローブの男にそそのかされたの一点張りだ。ちっとも要領を得ねぇ。しかも、そのローブの男というのを大公以外誰も見てないんだよ。罪を逃れるための嘘にしちゃあ、稚拙すぎるが」
「大公は嘘を言っていないと思うぞ(よ)」
グラムファフナーとテティが同じ事を言うのに「どうしてそう思うんだ?」とマクシが訊ねる。膝のテティをグラムファフナーが見るのに、口を開く。
「大公はその“魔道士”に操られていたんだ。完璧な“暗示”ならば相手の顔なんて覚えていなくて当然だよ」
当たり前のことだとばかりテティが言えば「暗示……」とマクシが考え込んだ。それに今度はグラムファフナーが「それはあの大公の罪だ」と答える。テティもそれに深くうなずいた。
「あの金ぴか大公が反乱したのは彼の意思だよ。魔道士はそれをそそのかしただけ。あの小さな王様のヘンリックを『殺せ』ってわめいていたのは本当」
あんな小さな子供を殺せだなんてとテティが、むうっと顔をしかめれば「陛下になんてことを、あのクソ大公」とマクシも毒づいている。
「しかし、グラムファフナーはともかく、テティはよく魔導のこと知ってるな?」
「俺はそこらへんからっきしだ」と赤毛をかくマクシにグラムファフナーが「当然だ」とまたテティの頭にぽんと手を置いて。
「テティは賢者ダンダルフに育てられたそうだ」
「ダンダルフ! あの爺さん生きていたのかよ!? いまどこにいるんだ!?」
大きな机越しに身を乗り出すマクシの勢いにテティは目を丸くする。「虹の海の向こうに行っちゃったよ」と答える。
そうある日、テティが起きたら、森の家の奥にある書斎ごと無くなっていたのだ。
「ダンダルフを知っているの?」
「知ってるもなにも。旅の仲間だ。この国を建国した勇者アルハイトとともに魔王を討伐した。そのときの仲間に俺とグラムファフナーもいたんだ」
「へえ、ダンダルフも魔王を倒したんだ」
勇者が魔王を倒したと話には聞いたけど、そこにダンダルフがいたなんて聞いてなかった。
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