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最終話 きっとなんでもないことが幸せ
「いってらっしゃいませ、テティ様」
「……いってきます」
テティは珍しくも小さな声で返事をして、世話係のメイドのイルゼに見送られて自室を出る。
テティが月色の姫君だとイルゼにバレて、ベッドで寝たふりをしてから抜け出さなくてよくなった。朝帰りもとがめられなくなったけど、なんかちょっぴり恥ずかしい。
小さなクロクマはとことこと、王宮の廊下を歩いてグラムファフナーの私室の扉をもこもこのお手々でノックする。
「どうぞ」ではなく、最近は「おいで」と声が返ってくる。ノックなんて必要ないぞとも言われているけど、テティは『おいで』という彼の声が好きだった。
扉を薄く開いて中に身体を滑り込ませる。いつものように本を読んでいるお膝のうえに、当然のように飛び上がれば、おなかに手が回ってしっかり抱きかかえられる。
そして、グラムファフナーの見ている本をのぞきこむ。彼の読む本は色々だ、それこそ政治や歴史にこの国の法律の本とかはテティはうとうとしてしまった。
それから詩集とか。綺麗な言葉だけど、比喩が多くてどんな意味?と訊ねたら、耳元で低くて良い声がささやいたのは、すっごく色っぽいことでテティは思わず「グラムのスケベ!」と叫んでしまった。
ベッドに入ったあと「あの詩人が恋人をたとえたのはこういうことだ」とささやかれて、気持ちいいのと恥ずかしいのと、嬉しいのとでなんかいつもよりすごかったような気がする。
「風呂にはいるか?」
「うん!」
グラムファフナーがパタンと本を閉じて、それがベッドに入る合図。テティがお風呂にはいって、そのあとにグラムファフナーが。
そのあいだテティはベッドにはいって、すやすやとそのまま夢の国のときもあるし、グラムファフナーの読んでいた本が気になって、それをぱらぱらと見るときもある。
テティが好むのは物語や詩集や画集。そんな夜はグラムファフナーに必ず“抱っこ”される日だとは、テティはまだ気づいていない。
そうでない日は、ほかほかのお風呂にあたたまって、そのまますやすや寝てしまうか。
あれ温かい?熱い?まだお風呂?と起きたら、グラムファフナーにいたずらされていて、やっぱり抱っこされる日もある。
今夜は。
「一緒にはいるか?」
「うん!」
テティの返事なんて訊かずに、グラムファフナーの片腕にひょいと抱きあげられて、お風呂へと。
ちーっと背中のチャックをおろされて、滝のように流れ出る月色の髪に、白い若木の様にしなやかな身体。手慣れたイケナイ手は、細い腰を覆うふっくらとしたかぼパンにかかる。
今日の色は花咲くような薔薇色だ。テティも……うん、期待してた。
「髪を洗ってやろう」
猫足のバスタブにおろされて、グラムファフナーがシャツ一枚で腕まくりする。さあっとちょうど良い温度のシャワーが雨のように降り注ぐ。
人間の世界でいつでも適温のお湯が沸かせるようになったのは、魔界の魔道具が導入されたからだ。辺境の村ではいまだ薪であったりするが、今では王都だけでなく、普通の街でも普及している。
「僕もグラムの髪洗いたい」
「じゃあ“洗いっこ”するか?」
「うん!」
グラムがシャツも下も脱ぎ捨てて、バスタブにはいってくる。二人とも立ったまま、シャワーの雨に濡れて、薔薇の香りのするシャボンでお互いの髪を泡だらけにして、はしゃいで笑いあった。
それから身体も……となって、テティはグラムファフナーの胸にぺたぺた手を当てて、ぷくりとむくれる。
「どうした?」
「グラムの胸は広くて厚いよね?腕も足も長くて、手も大っきいし」
と今度はグラムファフナーの手に自分のほっそりした長い指を絡ませて「うーん」とうなる。
「テティは“羽化”して五十年ぐらいになるんだけど」
小さなクマの姿から、美しい少年の姿を得た日。ダンダルフは“羽化”と表現した。グラムファフナーとしては、それも見てみたかったが。
百年前に出会いたかったとも思う。知ったならば賢者の手に任せず、氷の城に連れ帰って大切に大切に育てただろう……と。
だが、あのお騒がせ賢者の手でなければ、今のテティにはならなかっただろう……という思いもあって、苦笑するグラムファフナーの心中は複雑ではある。
テティはまたグラムの胸板をぺたぺたさわる。
「羽化したときから、この細いままなんだよ。『大きくなりたい』ってダンダルフにいったら、テティはクマだから、そのうち大木だって倒せる小山のような姿になるって……」
「五十年たってもそのままだし、大木は本気で蹴れば今でも倒せるけど」とテティはなにげに恐ろしいことを言って膨れている。
しかし、グラムファフナーにとって想像したくないのは、テティが本当にクマのようにむくつけき……。
「私以上に大きくなったら、膝に乗せてやるのもなかなか難しいぞ」
「それやだ! グラムに抱っこしてもらえないなんて!」
眉間にしわを寄せて考えこむテティに「細いままでも巨木を倒せるのならよいのではないか?」とグラムが言えば、テティも「それならいい」とこくりと頷く。
ここに『よくねぇよ! 』とツッコんでくれる赤狼の騎士団長はいない。
「テティ、グラムに“抱っこ”してもらうの大好きだし」
「そうか、私もテティを“抱っこ”するのは大好きだ」
「あ……! やあ…んっ!」
するりと泡だらけの手を胸に滑らされて、胸の尖りを摘ままれる。ころころと転がされれば、そこで感じることをすっかり覚えた身体は、びくびく震える。
「や…抱っこ……って、そうじゃな…い……」
「この抱っこは嫌いか?」
「馬鹿ぁ…グラムなら…好き……っ……!」
泡をまとった指は薄い腹を撫でて、下へと伸びる既に熱を帯びていた花芯を握られて「きゃ……」と声をあげながら、テティの手もグラムファフナーの胸板から割れた腹筋をすべって、下へと。そこは火の様にあつい棒みたいになっていた。
「もう……こんな……」
「お前に触れてこうならなくてどうする?」
「うれし…い……あっ…ん……ふぁ……」
花芯を包みこんだ指で波打つみたいにされて、テティも負けないとグラムファフナーのそれを握る。片手の指じゃ回りきれないそれを、しごいて先を撫でて……とテティは気づいていないが、それは男がいつもほどこす手順で、グラムファフナーの唇に微笑が浮かぶ。
「こうすると、もっとイイ」
「きゃ…んんっ……い…一緒…に……」
「そう、一緒だ」
テティの花芯とグラムファフナーの太くてすごいものとあわせられて、テティの手の上からグラムファフナーの手が重なる。
火の様に熱いのはどっちなのか?どっちともだろう。敏感な先を重ねるようにして、テティは無意識に腰をくねらせる。
「ああっ!」
「ッ……!」
テティは白い身体をしなやかにのけぞらせてはじけて、グラムファフナーもまた熱い飛沫を互いの腹にかけあう。石けんの泡と混ざり合ったそれをすくった男の指がテティの尻のはざま、蕾をなぞる。
「ん……んっ!」
いきなり二本。だけどまとった蜜と泡のおかげで、それは滑らかだ。なにより男の指は、テティ以上にテティのなかを知り尽くしていて、弱い場所をひっかくようにされて、びくびくと身体が跳ねる。
がくがくと震える足に、グラムの片腕がテティをしっかりと抱きしめて、そして座るように促す。グラムファフナーの膝に後ろから抱っこされるようにされる。指が抜き取られて、物足りないとひくつく蕾にグラムファフナーの熱い怒張が押し当てられる。
「あ、ああぁっ! グラムの……熱い…の……はいって……くる……」
「お前のなかも…熱いな……」
はぁ……と耳元に男の息がかかるのが、好きだとテティは思う。いつもは冷静沈着な彼が自分を抱きしめて、こんなに熱くなってくれている。
自分を抱きしめる腕も、なかにいる彼も自身も。
「もっと、たくさんグラムを…ちょうだ…い……」
「また、お前は男をあおるようなことを」
「あっ! あっ! はげし…い……お湯はいって…きゃ…うっ!」
ぱしゃぱしゃ激しい水音ともに、テティの嬌声も響いた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
あれからお風呂でもう一度されて、くったりしたテティはグラムファフナーのなすがまま、寝台に運ばれた。
そのまま広い胸に身体を預けて、月色の髪を大きな手で撫でられて、すぐに寝てしまうテティだが「あのね……」とぽつりと声をだす。
「どうした?」
「あの人に捕まえられていたときね」
あの人とはシビルのことだ。
「心はほとんど真っ黒で魔力と永遠の命を求めていた。もっともっと……って、奪えば奪うほど飢えるのに」
「強欲が行きつく地獄だな」
短命な人間ほど、永遠の命というのものに憬れるらしいと、グラムファフナーも知っている。それを求めた愚かな権力者の末路も。
「ただね、そのなかで光輝いていた記憶があったんだよ。会ったことないけど、あれが勇者王アルハイトだったんだね」
そこには強い思慕の念があった。まだ若かった彼女が初めて勇者王に出会った喜び、魔法学園長となり、いよいよ栄光の円卓会議に参加出来る誇らしさ。
そして、最後の最後までその勇者王の仲間に選ばれることのなかった落胆。その仲間だったグラムファフナーとマクシに対する羨望からの怒り……。
「初めは純粋に勇者王に近づきたいという憧れだったんだと思う」
「その気持ちで魔法学園長までになったのは、シビルには本物の才があったのだろう。だが、そこから先、黒魔術に手を染めてなんの罪もない命をいくつも吸い取ったのは、己の我欲だ」
「罪は罪だ」というグラムファフナーにテティが「うん」とうなずく。
グラムファフナーもまた、テティを通じてシビルのアルハイトへの恋情を感じてはいた。
マクシとヘンリックの前で話さなかったのは、それは極めて個人的な感情だからだ。罪人だからといって暴いていいとは言えない。
だから、テティもグラムファフナーと二人きりの今、口にしたのだろう。
平和となった世に新たな仲間を増やす必要はない。
生前のアルハイトはグラムファフナーにそう話したことがある。私は玉座に縛り付けられ、もう冒険の旅に出ることはないのだから……と、争いのない王国を城のバルコニーから目を細めて眺めていた。
勇者王のその心をシビルは最後まで理解することはなかったのだろう。ただ自分は勇者の盟友となれなかった。そのことに固執した。
いやもっと以前からアルハイトが亡くなる十数年前より、すでに彼女は黒魔術に手を染めていたのだから、心はすでに狂っていたのかもしれない。
そして、アルハイトの死でそれは決定的になり暴走した。
その末路は骨の欠片一つも残さず灰となった。その魂も輪廻の輪からは外れて消え去った。
「好きって、ちょっと怖いね」
「怖いか?」
「僕もグラムに嫌われたと思ったら、胸が痛くて悲しくて……あのままだと」
「あのままだと?」
「もう一度、穴の中に落ちて閉じこもっちゃったかも」
「こら、また落ちるなんて許さないぞ。もっとも、世界の果てだろうが、天界だろうが追いかけていくがな」
「天界なの?」とテティが訊ねる。「元魔王の私は地獄の底にいくより、天界にいくほうが難しい」とグラムは返す。
「だいたい、そういう時は愛する私も殺して、一緒に穴に落っこちると言うんだ」
「そんな! グラムを傷つけられないよ! たとえ、どんなに酷いことされても! ……グラムがするわけないけど」
「だから、私はお前を手放せないんだ」
グラムファフナーは苦笑する。狂恋の末路を見たが、純愛のほうがよほどやっかいだ。
ただ相手のためを想い、そのためには自己さえ顧みない。
シビルの裏をかくためとはいえ、テティはあの枯れ木の元に残り、弱った娘の魂を差し出された私の気持ちがわかるか?と口にだしかけてグラムファフナーはやめた。
きっと何回説教したって、この最愛は同じ選択をするとわかっているからだ。
「そんなあり得ないことは考えなくていい。お前こそ、私から逃げようとしたら、本当に氷の城に閉じこめるぞ」
「……いつでも春のお庭を作ってくれるんでしょ?」
「お前のためなら、銀の森もあの家だって、北の城にそのまま移すさ」
「素敵」とテティはきゃらきゃら笑う。「でも……」と。
「僕がグラムを嫌いになることなんてないから、閉じこめる必要なんてないよ」
「そうだな」
「でも、いつか氷のお城にも連れて行ってね。そこにもグラムの家族がいるんでしょ?」
「ああ」
そして、元魔王と闇の竜から生まれた緑葉の少年は寄り添い合って寝た。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌朝、ちょっと朝寝坊してしまったテティは、そっと自分の部屋に戻ったが。
待ち構えていたイルゼに「お帰りなさいませ」とにっこり微笑まれ。
「もう悪いクマさんとはいいません。旦那様と仲良くされるのは当然のことです」
そう言われて、もこもこのお手々を熱くなったほっぺにあてて「きゃあ」と盛大にはずかしがった。
END
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